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Vol.3 新時代の美術鑑賞とは

News Letter Vol.3 
新しい観光のパラダイム
新時代の美術鑑賞とは
東洋大学 国際観光学部准教授 増子美穂
2020.11.24

大行列の美術展

昼下がりの上野公園―美術館の前には人、人、人。入場待ちの行列が公園内で渦巻いている。あまりにも長時間のため熱中症で倒れる来館者も多く、一日数回救急車がやってくる。昨年まで話題の展覧会を見に行こうとするとこのような光景は当たり前でした。展覧会場に入場するまで何分待ちかが表示されるサイトまであり、入場待ちの時間で展覧会の良し悪しが判断される風潮すらありました。
新型コロナウィルスの世界的蔓延は、日本における美術鑑賞の在り方を見直すきっかけとなっています。日本の展覧会は1980年代後半のバブル期以降、次第に大掛かりになっていきました。大手新聞社が巨費を投じ、海外から作品を大量に借りて開催する大規模な動員型の展覧会が軒並み企画され、会期中の総入場者数が50万人を超すこともよくあります。美術手帖によると2019年に開催された展覧会で最大の入場者数を数えたのが上野の森美術館「フェルメール展」の68万3,485人でした。全世界に現存するフェルメール作品は37点に過ぎませんが、そのうちの9点がこの展覧会で展示されました。日本初公開作品もあったため、入場料が2,500円(一般)と高く、加えてWebサイトによる日時指定入場制をとったにも関わらず、この入場者数は驚異的でした。その当時は、大規模な展覧会における日時指定入場制の導入は未だ極めて珍しい事例でした。

イベント型展覧会、苦難の時期

 

「フェルメール展」上野の森美術館(筆者撮影)

2020年4月、新型コロナウィルス対策により、あらゆる美術館・博物館が閉館しました。再開した同年6月頃には、これまで一向に進まなかった美術館の入場手続きのネット化が急速に進み、大型展覧会のほとんどはこの日時指定入場制を採用するに至りました。現在、上野公園の美術館を訪れても、列を成す人は見当たりません。2020年6月18日~10月18日の期間、国立西洋美術館で開催されている「ナショナル・ギャラリー展」も、いつもなら人の頭で絵がまともに見えないような混雑ぶりのはずですが、ゴッホの前には誰もいません。コロナ禍の影響により、会期変更の上で開催された同展ですが、コロナ禍が続く限り日本で見られる大規模な海外企画展の最後となるかもしれません。なぜなら、数年にも及ぶ出品交渉、複雑な貸出手続き、輸送や巨額の保険料が絡む海外企画展は、これら諸費用を回収するために多くの入場者を前提とせざるを得ないからです。コロナ対策としての日時指定入場制は、入場者数を制限してしまう。メディアをあげて大規模な宣伝活動をし、美術展をイベント化して大量動員を図ることはもはや難しい状況です。主催者側はニューノーマルを前提に、新たな展覧会の手法を考えなくてはいけません。

新しい時代の美術鑑賞

 

「フェルメール展」では日時指定入場制でも
200m以上の長蛇の列ができた。(筆者撮影)

コロナ休館の間、美術館ではV R映像による展示室ツアーや展示解説のネット配信などが積極的に行われていました。美術館側にとって、オンラインでの展示公開は、これまで賛否が分かれる手法であり、一般人が気軽に展覧会にアクセスできる一方で、ネットで満足してしまい来場者が減るのではないかと危惧されていました。ところが今回のコロナ禍の影響を受け、日本の美術館における入場手続きのネット化が否応なく進んでしまいました。世界を見渡してみても状況は同様です。Google Arts & Cultureでは、オンラインで世界の美術館・博物館の作品を無料で見ることができ、もはやわざわざ美術館へ行く意義は無いのでしょうか。
外部とのつながりが、ネットの世界に限定されがちな状況はこれからも続くでしょう。しかし、このような状況により、美術鑑賞はいままで日本にはなかった洗練されたスタイルに変わっていくと考えられます。海外渡航が制限される中で、海外の美術館が配信する最新映像にネットでアクセスし、以前よりもバーチャルで海外の展覧会を訪問する機会が多くなりました。今後、国内外で美術鑑賞のために多くのコンテンツが配信されることにより、美術が日常の身近な存在となり、その結果、美術館でのリアルな体験の意義はますます重要になっていくものと考えられます。展覧会がイベント化され宣伝に乗せられ見にいく時代から、配信された情報で自ら選択し、良し悪しを自分で判断し、実物に会いに行く時代へと変貌を遂げているのです。美術館側にも、今後は大量動員を前提とした人気の高い内容の展覧会ばかりでなく、メッセージ性の高い良質な企画展の開催が望まれるでしょう。優れた美術作品を、広々と落ち着いた空間で堪能できる事により鑑賞体験も向上し、満足度も高くなるはずです。
コロナの様な危機的状況下では、人間は生と死という根源的な問題に直面し、歴史的に見ても美術に限らず優れた音楽や文学、演劇作品が生まれています。100年に一度の災禍を目の当たりにしているこの時代、新しい芸術は必ず出現するでしょう。その芸術に触れること、しかも本物に接する体験の意義は大きいはずです。ネット情報だけで全てを理解した気になってしまう世の中だからこそ、本物の価値は輝き、それに接した際の感動は深まるのです。

増子 美穂

東洋大学国際観光学部 准教授
専門分野:西洋近代美術史、ミュージアムスタディーズ
研究キーワード:美術史、美術館

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