新制大学への移行:なぜ、文学部から始まったのか?

新制大学になった後、東洋大学の将来構想としては文学部のみの単科大学から複数学部を有する総合大学へと展開することでした。

その学部として、「文学部」「経済学部」「政経学部」「社会学部」が考えられました。まず新発足にあたって、文学部と経済学部を設け、その後に文学部に仏教学科、社会学科を、経済学部に政治学科をそれぞれ増設し、それを四学部へ発展させるという計画でした。

この計画の遂行にあたって、校地が狭かったことから、大学の移転が検討されました。しかしながら、新制大学への新制時期が迫るなかで、移転計画の交渉は進展せずに結局断念され、とりあえず新制東洋大学は文学部と経済学部の設置で申請されました。

そして、文部省から1949年2月に認可がおりたのが文学部のみで、「施設と教員組織が設立基準に照らして不十分」という理由から、経済学部の新設は認められなかったのです。

この後、寄付金募集や学債発行、資金援助を受けて、財政危機を乗り越え、経済学部、短期大学部を設置していくことができました。