「東洋大学」への改称:「東洋大学」になぜ改称されたのか?

その詳細は定かではありませんが、哲学館創立から大学への発展を目指してきた足跡の中に伺うことができます。

世界、西洋・東洋、日本という関係から・・・

1889年の「哲学館将来の目的」には、日本国の独立と日本固有の諸学を愛護するために「他日日本大学の組織を開かん」と述べられています。二年後には「日本大学創立の準備として専門科の開設に着手せり」と言い、その4年後には「国学漢学仏学三学科の専門部を置き、東洋大学科すなわち日本大学科の組織を開く」と述べています。

当時の「東洋」には地理的なものだけではなく、思想的な意味があり、東洋に対しての西洋がありました。その前提には世界の全体と自らの立場がつねに想起されていました。

世界、西洋・東洋、日本との関係を考えて、1886年前後から東洋学(哲学)の専門大学として「東洋大学」の名称に確定したのではないかと考えられています。

専門学校令による認可を受けるとき、既に日本法律学校が「日本大学」と改称していたので、この時点では哲学館を「哲学館大学」としていましたが、学長の交代、財団法人組織への改組にあたって、これまでの創立者の考えを踏まえて、新たな大学名へと改称されたのではないかと考えられています。