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TIEPh 2009年度 国際シンポジウム「環境哲学の可能性-環境問題の解決に向けて-」

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日程

2009年9月19日(土曜日)

時間

13時~18時

会場

東洋大学 白山キャンパス 6号館6309教室

パネリスト

  • Mathias Gutmann(M.グートマン)(カールスルーエ大学准教授)
  • Georg Stenger (G.シュテンガー)(ヴュルツブルク大学私講師)
  • 丸山徳次(龍谷大学教授)
  • 桑子敏雄(東京工業大学教授)
  • 河本英夫(東洋大学教授)

コーディネータ

  • 山口一郎(東洋大学教授)

2009年9月19日に、ドイツと日本から4人の哲学者をお招きし、国際シンポジウム「環境哲学の可能性~環境問題の解決に向けて~」を開催しました。

構成主義の研究をなさっているグートマン氏が、「翻訳者としての哲学者:社会的問題としての生物多様性の危機と保存」という題で発表を行いました。グートマン氏は、生物多様性をめぐる議論で、自然科学による生物多様性の価値の規定が可能かという問題が看過されていると指摘した。氏によると、生命科学の知そのものは人間の行為に依存しており、たとえば植物は何かという問いは栽培、耕作、消費という人間行為との連関で構成されているという。それゆえ生物多様性についての価値判断は、「我々にとってそれ自体として」あるという限りで、内在的に規定される。 

 現象学者のシュテンガー氏は、「環境―生活世界―文化的諸世界~哲学的規定の諸観点~」というテーマで発表しました。シュテンガー氏は、ニコラス・ルーマンが提示するオートポイエーシスでシステム論的に社会の諸問題について取り組んでいることを挙げ、そのシステム論の中では感性や身体といった生活世界が消されてしまうことを述べました。生活世界を通じて環境問題を論じるにあって、西洋的思考に偏重するのではなく、アジアを含めたさまざまな文化的世界について考察する必要がある。氏は、大橋良介氏が考察した神社の例をあげ、神社の美的な構築の最奥が自然への入り口になっているという日本の自然理解の重要性について述べた。 

  

龍谷大学の丸山徳次氏は、「日本における環境問題とその解決の困難さ」という題で発表しました。具体的に水俣病事件を挙げ、この事件が日本の環境問題の原点であると述べました。そしてこの事件から日本人が多くの教訓を見逃していることを指摘し、立法・行政・司法の三権を通じて「自然生命的盤」を保護すると明言したドイツの環境権を、日本も制定する必要があると論じました。 

  

東京工業大学の桑子敏雄氏は、「環境問題における意思決定と合意形成」という題目で発表を行いました。現場に自分の足で立ち、問題を抱える地域にどこへでも出向く「大地に立ち、空を飛ぶ哲学」という実践的な活動から、哲学者が地域住人やNGO、行政との間に立ち、議論の場を用意し概念の交通整理を行うことについて発表をされました。社会的合意形成のプロジェクトマネジメントとしての哲学は、当事者間で対立にしいる意見を資源として捉え、様々なレベルでの話し合いを通じて解決策を創出するという創造的な技術であり、思想であると述べました。 

  

本イニシアティブの研究員河本英夫氏は、「日本における社会システムの構築と環境問題」という主題で発表を行いました。河本研究員は、日本の環境問題に取り組みの特質を、「皆がやるから自分もやる」という対等享受と対等被害として規定し、これとは別の選択肢を創造することが必要だと述べました。それは例えば、皆が同等の利益と被害を受け入れるというメンタリティとは別の次元で行われている、排出権取引のような、積極的な経済活動が同時に環境問題の解決に寄与するようなシステムといったものである。人間の生活や経済の活動が同時に間接的に環境へ負荷を与えている現在のシステムを転換し、人間の諸活動が環境をよりよくするようなシステムをデザインするのが課題だと発表しました。  5つの発表論文の後、討論にはいり、司会者の側からの問題点が5つ示された後、日本人の哲学者から、ドイツの哲学者への質問が提示され、それに対する回答がなされ、その後、その逆が行われ、最後にフロアーと発表者との間の質疑応答がなされた。その中で興味深い論点を二つあげれば、一つは、桑子氏とグートマン氏との間に交わされた「合意形成」と「妥協」との違いに関するものでした。桑子氏は、不満を残しつつも、また、話し合いに参加者が欠席し始めることをも含めて、「合意が形成される」とするのに対して、グートマン氏は、利害対立が明白である場合、真の合意は成立しえず、すべての関与者の基本的権利を認めた上での「妥協」でしかありえないという主張に対して、桑子氏は、不完全でも、合意を目的とすべきだという主張との対立でした。桑子氏と丸山氏の見解として見られる、「日本において、三権分立が成立していない」という政治的風土と、個人の権利の対立を前提にし、すべてが詳細に成文化された法制度における政治風土との違いからくる見解の相違と理解されます。二つ目は、丸山氏のシュテンガー氏への質問として、日本人の自然観には、元来の伝統的な自然観に対立する公害といった事態に対応しきれない弱さが内在しているという現実を、シュテンガー氏は、どう理解するか、という質問があり、それに対し、シュテンガー氏は、あくまでも、西洋における自然観を包摂しうるような日本の伝統的自然観に期待するという回答でした。