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TIEPhワークショップ -Umwelt(環境)をめぐって-

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日時

2008年9月24日(水)13時00分~18時00分

場所

東洋大学白山キャンパス2号館3F第一会議室

参加者

約20名

プログラム

  • 13時〜13時45分 第1ユニット 竹村牧男「仏教の環境観について」
  • 13時45分〜14時 コメンテーター:山田利明
  • 15分休憩
  • 14時15分〜15時 第2ユニット 関谷直也「環境広告にみる環境の社会心理」
  • 15時40分〜15時15分 コメンテーター:今井芳昭
  • 15分休憩
  • 15時30分〜16時15分 第3ユニット 稲垣諭「環境デザインとプログラム設定」
  • 16時15分〜16時30分 コメンテーター:山口一郎
  • 15分休憩
  • 16時45分〜18時 全体討議

竹村牧男研究員(第1ユニット)「仏教の環境観について」

 仏教に「環境」という言葉はないが、それに近い言葉として「器世間(bhajana-loka)」という言葉がある。この器世界は、物質的な環境すなわち自然環境を意味している。他方、人間の住む世界は娑婆世界であり、苦しみの多い世界と認められている。このような仏教の視点の現代的意義を解読することが必要である。
 それでは、器世間に対して、われわれはどのように対するべきであろうか。仏教の中でもさまざまな考えがあるが、修行して心を浄化してくことで自分の住む国土も浄化し、その中で理想のいのちのありかたを実現していくことに仏教の関心がある。ここには、心が浄化されれば環境も浄化されるという考え方がある。心の浄化と環境世界の浄化の相関は唯識思想で説明される。唯識の立場では、心の中の最も根源に身体と器世間(環境)が維持され、その全体が一人のいのちとなる。
 また、天台宗の一念三千の思想によると、人間界にも仏界は含まれていることになる。つまり、この世界に仏の世界があり、人間の世界は仏界とも変わらないという見方が出てくる。このことの一例として、「草木国土悉皆成仏」の議論をあげることができる。
 これらを総合的に考慮すると、サステイナビリティを追求する立場に対する仏教の環境観の意義は以下の4点にまとめられる。

  1. 自己と環境の不二の関係の了解に基づく自己観・自然観の変化による自然環境への姿勢と改善。
  2. 自己と他者の不二の関係の了解による、世代間倫理の基盤への理解の促進。
  3. 環境の仏国土性の了解による、自然環境尊重への根本姿勢の確立。
  4. 心の浄化が自然の徳の顕現につながることの了解による、環境倫理、ライフスタイルの方向性の明確化。

関谷直也研究員(第2ユニット)「環境広告にみる環境の社会心理」

 

 今回は、企業の環境広告の内容分析、及び、環境広告に対する社会心理についての調査を中心に報告する。我々は、テレビなどのメディアを通して、およそ一日に1回程度は環境広告に接する。環境広告の歴史に注目すると、環境についてのスローガン(例:ロハス、スローライフ)はマーケティングの文脈で浸透し、90年代以降に多数の広告が出稿された。
 テレビCMにおける環境広告を内容分析した結果、出演する人や動物、広告で使われる文章、ナレーションの口調、編集技法、自然描写、音楽など環境広告の特徴が見出された。また、環境広告の受け手を対象とした調査では、リサイクルに対する意識の変化、(環境広告を出す)企業に対するイメージに変化があることが明らかになった。しかしながら、受け手にとって「環境問題」の全貌はわかりにくい問題として捉えられていることも明らかになった。また、企業の環境対策も一貫性、持続性がなく、環境広告の提示にも、一種の謙虚さが見られる。
 これらの結果を踏まえると、「エコ・フィロソフィ」の論点として、以下の4つを呈示できる。

  1. 環境問題はわかりにくい。
  2. 陰徳有る者は必ず陽報有り(環境対策には陰徳・謙虚さが求められる)。
  3. 日本で自然とは、美・天然・自然環境を表象する。
  4. 環境とはみんなの、将来の問題である。

 稲垣諭研究員(第3ユニット)「環境デザインとプログラム設定」

 「環境」という概念を考える時、「何にとって」の環境なのかという問いと切り離すことができないことが環境一般論を論ずる困難のひとつである。「何にとって」の「何」には地球、社会、人間、身体など様々なレベルがあり、その都度、環境概念の射程は変化する。
 従来、哲学・思想系の環境問題へのアプローチでは、数量化の容易でない「自然の美しさ」や「自然の尊厳」といった固有価値に基づいた提言を行ってきた。このような、人文科学による「提言型アプローチ」の困難さは、提言自体の影響力および理論の有効性を吟味する科学的枠組みを持ち合わせていないことである。
 ここで提案したいのは、知の実践的かつ効果的に感じ取れる場面や、身体性を介在させることで環境についての経験が拡張されるようなデザイン(環境デザイン)を設定し、それらのデザインとともに多くの課題が見出される「プログラム型アプローチ」である。
 ここから環境デザインを展開させるプログラム・コアを設定することができる。そして、設定されたコアユニットを手がかりに、新たな環境とのかかわりを創出する選択肢として構想されたものが「環境デザイン」である。
 今回は、建築物をメディアとする環境デザインに焦点を当てる。特に、フンデルトヴァッサー (1928-2000) のプログラム・コアとそのデザインをとりあげる。ここで重要なのは、デザインの解釈や分析ではなく、経験の拡張を含む可能性である。特に以下の5つの点を取り出すことができる。

  1. 抑制されない不規則性(抑制されたイメージと建築的貧困)
  2. 直線の排除と渦巻き
  3. カビと創造性
  4. 皮膚の覚醒(視覚から触覚へ)
  5. 雨粒と自然イメージの拡張 

これら各ユニットの報告を受け、全体討論では、環境意識とその行動の乖離、具体的な環境アプローチ、環境政策について活発に討論を行った。