MENU CLOSE

東洋大学社会学部年表(稿)

  • English
  • 日本語

★『東洋大学社会学部30年史』
☆『東洋大学百年史』
◎追加項目

出典年月日事項
1887年(明治20)9月私立哲学館を東京本郷竜岡町三一番地麟祥院に創立。
1889年(明治22)11月新校舎を本郷区駒込蓬莱町二八番地に設立。
1890年(明治23)5月講堂及図書館落成。煉瓦造二階建(100部局史、p.724)。
1921年(大正10)2月専門部社会事業科(夜間)新設
1925年(大正14)木造2階建て校舎を増築
1928年(昭和3)社会教育事業科と改称
1929年(昭和4)鉄筋コンクリート3階建ての図書館竣工。旧図書館は廃館され、武道場・学友会・武器庫などに転用。1937年(昭和12)に取り壊し(100部局史、p.724)
1934年(昭和9)社会教育事業科廃止
1945年(昭和20)3月東京大空襲により木造校舎は焼失し、かろうじて焼け残った鉄筋コンクリート造校舎等建物、大講堂・図書館・西校舎の三棟しかなかった(100部局史、p.914)。
1945年(昭和20)4月10日空襲により史学科研究室焼失(100部局史、p.90)。
1945年(昭和20)4月14日米軍の爆撃により鶏声台の校舎がほとんど廃墟と化す(100部局史、p.68)。
1946年4月旧制文学部学則変更,社会学科増設。旧制文学部(哲学科・宗教学科・文学科・史学科・社会学科)
1949年(昭和24)旧3号館1階2室が化学および物理学実験室に当てられる(100部局史、p.513)。1992年(平成4)、取り壊し(100部局史、p.515)。
1949年(昭和24)3月社会学科第1回卒業生13人を送り出す。
1949年4月新制大学へ移行。文学部第1部(哲学科・国文学科・中国哲学文学科・史学科・英米文学科・社会学科)設置(社会学科入学定員80名)
1949年(昭和24)6月木造二階建校舎完成(100部局史、p.916)。
1950年(昭和25)東洋大学図書館学講座開設
1950年4月社会学研究所前身(漁村調査団)発足。
1951年(昭和26)東洋大学社会学研究所開設
1951年4月文経学部第2部(国文学科・社会学科・経済学科)を設置(社会学科入学定員50名)
1952年4月文経学部第2部を廃止。文学部第2部(国文学科・社会学科)および法経学部第2部(経済学科・法律学科)に改組増設。大学院文学研究科(哲学・仏教学・国文学・社会学)修士課程設置。
1952年(昭和27)4月大学院文学研究科社会学専攻修士課程設置
1954年4月大学院文学研究科(仏教学・国文学・社会学)博士課程設置。
1955年4月戸田貞三,大学院委員長となる。
1954年(昭和29)大学院文学研究科社会学専攻博士課程開設
1955年(昭和30)4月本館(五号館)の新校舎の落成(100部局史、p.45)
1956年(昭和31)6月鉄筋コンクリート4階建て本館校舎落成。1号館。正面玄関に四聖胸像を浮彫にした旧5号館(1993年)。戦災で戦前の校舎は大講堂を除いて焼失し、戦後この年まで木造バラック校舎ばかりであった。(100部局史、p.478)
1957年(昭和32)12月大嶋豊、理事長兼学長に就任(100部局史、p.75)。
1958年4月文学部社会学科の卒業生は文学士から社会学士の称号に変える申請が認可。
1958年12月テレビスタジオ開局。
1959年(昭和34)文学部に所属していた教養課程担当の全教員が文学部から分離され統合されて教養部が設けられる(100部局史、p.76)。
1959年(昭和34)大学院文学研究科から分かれ、社会学研究科(修士課程・博士課程)として独立(100部局史、p.573)。
1959年1月20日社会学部(1部・2部)設置認可、1部入学定員社会学科・応用社会学科各50名、2部社会学科80名、開設年次は社会学科(1・2部)第4年次、応用社会学科第3年次まで
1959年3月14日テレビ局開局記念にフランス文化議演会開催
1959年3月20日大学院社会学科研究科(修士・博士)増設認可、入学定員修士10名、博士3名
1959年4月1日社会学部1部(社会学科・応用社会学科)2部(社会学科設置)大学院社会学研究科(社会学専攻)修士・博士課程設置(文学部社会学科および文学研究社会学専攻は昭和33年限りとする)
1959年4月1日社会学研究所設置(学部附置、所長-米林富男)
1959年4月1日千葉雄次郎、社会学部長に就任(~昭和42・1)
1959年4月1日テレビ研究生講座開講(社会学研究所)
1959年4月文学部から独立して社会学部となる。社会学部第1部(社会学科・応用社会学科), 第2部(社会学科),大学院社会学科研究科社会学専攻(修士課程・博士課程),社会学研究所等設置。とげぬき生活館発足。(第1部社会学科・応用社会学科入学定員各50名計100名。第2部社会学科入学定員80名)
1959年7月1日販売講座開講(社会学研究所)
1960年2月17日教員免許状授与の所定資格を得させるための課程の認定(大学正規の課程〔1部、2部〕社会、大学院の課程社会学研究科、社会)
1960年3月1日『東洋大学社会学部紀要』創刊
1960年3月25日卒業式挙行、卒業生数:社会学部1部53名、2部13名。社会学部第二部社会学科から最初の卒業生を出す。前年までは「文学士」であったが、この年から「社会学士」の称号となる。
1960年4月『社会学部紀要』創刊。
1960年(昭和35)12月大嶋理事長兼学長辞任(100部局史、p.76)。
1961年3月25日卒業式挙行、卒業生数:社会学部1部97名、2部11名
1962年1月千葉雄次郎,第11代理事長となる。
1962年3月25日卒業式、白山校舎大講堂で挙行、卒業生数:社会学部1部62名、2部21名
1962年4月社会学部第1部応用社会学科に学科課程別専攻コース(広報学(#マスコミ学専攻コースと改称した年が不明)・社会福祉学・図書館学)設置。
1962年9月白山学部の教養課程授業を川越校舎で行なう川越移転計画が決定。これを契機に学生の移転反対運動起きる。いわゆる大学紛争の発端となる。
1963年3月25日卒業式、白山校舎大講堂で挙行、卒業生数:社会学部1部64名・2部16名
1963年4月社会学部第1部応用社会学科に上記専攻コースのほか心理学教育学専攻コースを設置。
1964年2月児童相談室開設。
1964年(昭和39)2号館完成。地下1回、地上4階建て。
1964年(昭和39)2月児童相談室開室
1964年3月25日卒業式、白山校舎大講堂で挙行、卒業生数:社会学部1部163名・2部16名
1964年4月上記心理学教育学専攻コースは社会心理学専攻コースと名称変吏し,同時に4専攻コースは学則上にも専攻コースと明記。
1965年(昭和40)東洋大学八〇周年記念館(旧1号館)竣工。
1965年3月2日卒業式、文京公会堂で挙行、卒業生数:社会学部1部112名・2部13名
1966年3月25日卒業式、文京公会堂で挙行、卒業生数:社会学部1部151名・2部21名
1966年4月1日大学院社会学研究科社会福祉学専攻修士課程および法学研究科私法学専攻博士課程開設
1966年4月大学院社会学研究科に社会福祉学専攻修士課程設置。
1967年1月30日米林富男、社会学部長に就任(~昭和42・10)
1967年3月25日卒業式、学部は東京都体育館、短期大学は白山校舎大講堂で挙行、卒業生数:社会学部1部208名・2部43名
1967年(昭和42)6月白山の過密解消を目的とした「川越移転案」が具体化されて烈しい反対運動が起こる(100部局史、p.81-82)。
1967年(昭和42)9月講堂裏の土地が図書館用地として購入される(100部局史、p.726)。
1967年10月27日小山隆、社会学部長に就任(~昭和44・1)
1968年3月1日社会学研究所、『東洋大学社会学研究所・年報』創刊
1968年3月26日卒業式、東京都体育館で挙行、卒業生数:社会学部1部266名、2部41名
1968年7月3日社会・経済・経営・法の5学部学生自治会、理事長に機動隊の学内導入・大衆会見等についての公開質問状を提出、回答を要求
1968年9月21日学内籠城の社会学部学生自治会・文学部闘争委員会・文化団体連合の学生、全学共闘会議を結成
1969年1月25日社会学部生自治会、公開質問状に対する理事側の回答無視を理由に5号館を封鎖・籠城
1969年1月27日社会学部を除き後期試験実施(~2・15)
1969年3月25日卒業式、学部は白山校舎大講堂および2教室、大学院は同研究室、短期大学は白山校舎大講堂(午後)卒業生数:社会学部1部250名2部59名
1969年4月小山隆,大学院委員長(3期・48年3月まで)となる
1969年6月1日村田宏雄、社会学部長に就任(~昭和44・8)
1969年6月磯村英一,第26代学長となる
1969年6月28日社会学部教授会、大学立法に反対する「声明」発表
1969年7月1日社会学部のストライキ学生、法学部学生自治会学生の封鎖解除後に2号館を再封鎖、以後占拠を続ける(7・1開始予定の外国語補修講義を8・18から8・30までに延期)
1969年8月14日社会学部長・教養課程委員長・教務部長からの要請として理事長名で占拠中の学生に退去を要求
1969年9月1日福鎌忠恕、社会学部長に就任(~昭和49・3)
1969年9月20日午後8時40分頃、文学部中国哲学文学科・1部経済学部・2部社会学部の自治会を中心とした約150名の武装学生が裏門および図書館前の鉄塀を破壊、2号館を封鎖
1970年3月25日卒業式、各学部ごとの分散形式(白山校舎大講堂、教室、研修室、川越市民会館)で挙行、社会学部は式を中止し卒業証書授与・祝宴会のみ実施、卒業生数:社会学部1部281名・2部74名
1971年(昭和46)八〇周年記念図書館竣工
1971年3月25日卒業式、白山校舎大講堂・教室、工学部屋内第1体育実技場で挙行、卒業生数:社会学部1部274名・2部76名
1972年3月25日卒業式、白山校舎で分散して実施、卒業生数:社会学部1部336名・2部89名
1972年5月朝霞校地購入問題提起。9月には買収開始。
1973年1月白山学部教養課程の朝霞移転および授業料値上げ反対の学生運動起きる。
1973年3月25日卒業式、学部・短期大学別に白山校舎で挙行、卒業生数:社会学部1部330名・2部78名
1973年4月黒川純一,大学院委員長となる。
1974年3月25日卒業式、社会・経済・工学部・大学院のみがロック・アウトを一時解除し挙行、卒業生数:社会学部1部520名・2部94名
1975年3月25日卒業式、白山校舎で社会・工学部・大学院・短期大学のみ挙行(他学部は卒業式授与のみ)卒業生数:社会学部1部520名・2部94名
1975年4月1日田中菊次郎、社会学部長に就任(~昭和54・3)
1975年5月磯村英一,第29代学長となる。
1976年3月学生入学定員の変更(第1部文学部・経済学部・法学部・社会学部・工学部・短期大学)(社会学科100名 応用社会学科200名 合計300名)
1976年3月19日文・経済・法・社会・工学部および短期大学の学生入学定員変更受理(総入学定員を1290名から2270名に変更)
1976年3月25日卒業式、白山校舎で学部別に挙行、卒業生数:社会学部1部477名・2部84名
1976年4月福鎌忠恕,大学院委員長となる
1976年5月磯村英一,第30代学長に再任
1977年3月22日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部427名・2部92名
1977年4月朝霞校舎の使用開始(経済学部・法学部・社会学部・経営学部の1年次の授業および文学部の一部授業)
1977年4月18日朝霞校舎での授業開始(経済・法・社会・経営学部の1年次と文学部の一部授業実施)
1978年3月22日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部395名・2部81名
1978年3月24日大学院経済学研究科経済専攻および社会学研究科社会福祉学専攻博士課程(後期、入学定員各3名)増設の承認。大学院、修士課程・博士課程から、博士前期・後期課程に変更。
1978年4月1日大学院経済学研究科経済専攻および社会学研究科社会福祉学専攻博士課程(後期)設置
1978年4月新大学院制度にもとづき社会学研究科に社会福祉学博士後期課程を設置。
1978年4月岩井弘融,大学院委員長となる。
1979年(昭和54)朝霞校地に2号館・研究棟完成。
1979年3月22日卒業式日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部485名・2部94名
1979年4月1日藤木三千人、社会学部長に就任(~昭和55・3)
1979年4月磯村英一,第31代学長に再任。
1980年3月22日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部356名・2部88名
1980年4月1日山下袈裟男、社会学部長に就任(~昭和58・3)
1980年10月13日レスリング部、国民体育大会、グレコローマン90kg級で位寄正司(応社)3位
1980年11月8日レスリング全日本学生選手権大会フリー57kgで桜井弘記(応社)3位
1981年3月22日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部364名・2部86名
1982年3月22日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部600名・2部83名
1982年度(昭和57)第二部に「社会人入学制度」開設。
1983年3月23日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部442名・2部83名
1983年4月1日岩井弘融、社会学部長に就任(~昭和60・3)
1984年3月23日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部443名・2部106名
1985年3月23日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部440名・2部95名
1985年(昭和60)4月文学部1・2年生が全員朝霞へ移行(100部局史、p.97)。
1985年4月学生入学定員の変更(第2部社会学科・印度哲学科・国文学科教育学科・経済学科・経営学科・法律学科)(第2部社会学科入学定員130名)
1986年(昭和61)白山5学部教養課程1・2年生の朝霞校舎への移転
1986年(昭和61)朝霞に研究管理棟完成(100部局史、p.520)。
1986年(昭和61)朝霞に新図書館竣工(100部局史、p.773)。
1986年3月23日卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部449名・2部84名
1986年4月白山学部の教養課程1,2年生が朝霞校舎に移転。社会学部1,2年生の授業を朝霞校舎で実施。学生定員の変更(第1部社会学部および文学部・経済学部・経営学部・法学部)(社会学科150名 応用社会学科250名 合計400名)応用社会学科社会福祉専攻コースは学科設置の方針を決め教授会に提出,承認。
1987年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部486名・2部132名
1987年4月1日村田宏雄、社会学部長に就任(~平成1・3)
1987年12月21日第60回日本学生氷上選手権大会、女子スピードスケートの部、山村順子(応社)500m2位、1,000m3位
1988年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部438名・2部106名
1989年4月上記社会福祉学専攻コースは学科昇格問題に取組中。また残りの応用社会学科の3専攻コースも学科再編成に向けて取組中。
1989年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部404名・2部130名
1990年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部394名・2部120名
1990年(平成2)6月昭和4年の旧図書館は9号館として、短期大学の研究室・事務室として使用していたが、取り壊し(100部局史、p.728)。
1991年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部473名・2部100名
1992年(平成4)新1号館竣工
1992年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部590名・2部115名
1992年(平成4)4月福祉学専攻コースは応用社会学科から分かれ、社会福祉学科として発足。
1993年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部468名・2部118名
1994年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部473名・2部123名
1995年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部578名・2部127名
1995年4月1日西山茂、社会学部長に就任(~1999.3)
1996年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部551名・2部139名
1996年(平成8)4月大学院社会学研究科に福祉社会システム専攻修士課程(夜間。社会学修士)を開設。
1997年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部556名・2部124名
1998年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部536名・2部145名
1999年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部567名・2部127名
1999年4月1日古川孝順、社会学部長に就任(~2003.3)
2000年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部604名・2部129名
2000年4月1日1部社会学部改組により5学科体制(社会学科、社会文化システム学科、社会福祉学科、メディアコミュニケーション学科、社会心理学科)が発足
2001年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部619名・2部156名
2001年(平成13)4月第二部に社会福祉学科を開設。
2002年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部522名・2部117名
2003年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部659名・2部153名
2003年4月1日船津衛、社会学部長に就任(~2005.3)
2004年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部704名・2部140名
2004年(平成16)4月大学院社会学研究科に社会心理学専攻開設
2005年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部676名・2部144名
2005年4月1日朝霞校舎の1・2年生教育を白山校舎に統合。白山キャンパスで4年間一貫教育
2005年4月1日細井洋子、社会学部長に就任(~2007.3)
2006年(平成18)6号館竣工
2006年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部734名・2部135名
2006年(平成18)4月大学院社会心理学専攻に博士後期課程設置
2006年(平成18)4月大学院福祉社会デザイン研究科創設。大学院社会学研究科から社会福祉学専攻、福祉社会システム専攻を同研究科に移す。
2007年3月23日学位授与式、卒業式、日本武道館で挙行、卒業生数:社会学部1部644名・2部244名
2007年4月1日高橋重宏、社会学部長に就任(~2009.3)
2009年4月1日青木辰司、社会学部長に就任(~現在)