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東洋大学社会学部50周年 参考資料

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第4章 東洋大学社会学部史の文献と資料

第1節 東洋大学社会学部史の研究状況

ア)通史

通史として詳しくまとまったものはない。
 社会学部の歴史を簡略に取り上げた印刷物としては,水沢清之「社会学部創立のはなし」(『東洋大学校友会報』第142号 1985),橋本光五郎「社会学部が創設三十周年 二十一世紀を見据えた社会学の再構築を期待」(『東洋大学報』第101号1990)がある。前者では,哲学館時代から昭和34年ころまでをあつかっている。
後者も主に社会学部創設当時のことを中心にあつかっている。橋本は社会学部の,さらに文学部社会学科の前身として,社会事業科・社会教育事業科・文化学科に言及している。水沢・橋本両氏はともに社会学部の卒業生で,現在はそろって企画室勤務の職員である。
 昭和21年から今日までをあつかったものに,磯村英一「東洋社会学の人材と系譜-白山社会学会への期待」(『白山社会学研究』第1号 1986),山下袈裟男「社会学部の歩み」(社会学部創設30周年祝賀パーティーでの報告 1989年5月29日)がある。磯村は,東洋大学社会学の系譜として,理論社会学,家族研究,地域研究,ジャーナリズム研究,社会福祉と社会病理を挙げている。後者では,第1期(昭和21~33年文学部社会学科),第2期(34~41年学部形成期),第3期(42年以降「大学紛争」と学部の展開過程)の時期区分が示されている。
 大学院の歴史については,『東洋大学大学院創設30周年 記念事業記録集』(1986東洋大学大学院)があり,そこに掲載されている「資料」中に「大学院沿革」年表[1952~1982], 「歴代大学院委員長年表」, 「学位録博士 (旧制)」[昭和19~37年度],「学位録博士(甲)」[42~57],「学位録(乙)」[40~57],「東洋大学大学院修了者・単位修得者数」[29~56]などがある。
 紀要類の総目次には次がある。『東洋大学大学院紀要総索引集(第1集~第23集)』東洋大学大学院(1986),「社会学研究所年報総目次」([I-19]『東洋大字社会学研究所・年報』 第20号 1988)

イ)前史 1884~1921

東洋大学全体にかかわる歴史年表として「東洋大学百年史年表(本稿)」(『東洋大学史紀要』2 1984)がある。これには各事項に出典が付記されているので,資料検索の役に立つ。これによると,1912(明治45)年4月に「専門部第一科の学科目改正 第一年に生理衛生,第二年に応用心理学,法制経済,生理衛生,第三年に社会教育,社会学,教育病理学,弁論学及実習を加える(東洋哲学19-1)」とある。明治末年には社会学関係の数科目がおかれたことがわかる。しかし,これが東洋大学の社会学教育の最初ではなかった。
斎藤正二『日本社会学史成立史の研究』(1976)所載の「日本社会学史年表」によると,1890(明治23)年に辰巳小次郎著『社会学』(哲学館講義録)がある。辰巳にはスぺンサー関係の翻訳書もある。
なお,「日本社会学史年表」をさらにさかのぼると,1884(明治17)年に井上円了・井上哲次郎・有賀長雄・三宅雄二郎・棚橋一郎・加藤弘之・西周・西村茂樹・外山正一等が哲学会を創設したことが,「日本社会学の形成期」の一事項として特筆されている。斎藤によると,井上円了は,東京大学で最初に世態学(社会学)を講じたフェノロサの弟子の一人とされている。

ウ)文化学科・社会事業科・社会教育社会事業科 1921~1934

1921(大正10)年2月,専門部に文化学科,社会事業科(夜間)が新設される。文化学科は1930(昭和5)年に廃止される。社会事業科は1928(昭和3)年に社会教育社会事業科へと名称・カリキュラムが変わり,1934(昭和9)年に廃止される。これら3科に関しては,『東洋大学史紀要』(第1号1983,第3号 1985)に卒業生からの聞き書きがある。
社会事業科および社会教育社会事業科については,山下袈裟男「わが国の社会事業展開過程と社会事業教育について-東洋大学の事例を通して」(『白山社会学研究』第1号 1980)に詳しい。社会事業科の主任教授であった富士川游に対する研究が集中しており,森田明美・梅山久美子「富士川游と母子福祉(上)」(『児童相談研究』第2号 1983),東洋大学社会事業教育研究会「日本社会事業教育の歴史的研究-東洋大学社会教育社会事業科の創設(1)(『福祉社会研究』第2号1983),天野マキ・森田明美・川池智子「富士川游研究(1)」(『児童相談研究』第3号 1984),同「同(2)」(『児童相談研究』第4号 1985),同「同(3)」(『児童相談研究』第5号 1986),天野マキ・森田明美・旭洋一郎・川池智子「同(4)」(『児童相談研究』第6号 1987),藤島岳・山下袈裟男・吉沢英子・天野マキ「社会事業に関する大学教育の成立とその動向-東洋大学の社会事業科の成立過程と富士川游について」(『東洋大学昭和59年度特別研究報告書』1985)その他がある。
社会調査の歴史に関わる記録に,1922(大正11)年2月,「本学社会科学生七名,東京社会局による東京全市の浮浪者調査に参加(東洋哲学29-4)」がある。

エ)文学部社会学科・社会学部 1946~1989

前掲『百年史稿』によると,1946(昭和21)年4月に「文学部五科制(哲学,宗教,文学,史学,社会)に復帰」,1949(昭和24)年3月に「新制大学へ移行,文学部第一部(哲学科,国文学科,中国哲学文学科,史学科,英米文学科,社会学科)を設定」とある。ここから,社会学科の発足年次を1946年としているものと,1949年としているものが見える。ここでは広く幅をとって1946年からとしておく。社会学部創設以前[社会学科期]と創設以後,今日まで[社会学部期]の二期を区分しうるが,創設当時のことを書いたものは両期にまたがる。
 社会学科期に言及しているものに,第1章に収録した米林富男「福武・磯村・日高各教授在職-思い出すままに」(マスコミ研究会責任編集『社会学部会報』第1号 1960 東洋大学社会学部学生会発行),福武直「21世紀に向けての二つの課題-老人問題と婦人問題」(『白山社会学研究』第2号 1988),部須宗一「高齢化と社会学」(『白山社会学研究』第1号 1986)がある。この時期に戸田貞三が東大から招かれて専任教授になった。『東洋大学新聞』(1953年10月25日)の記事に「戸田文庫を購入」がある。現在,自山図書館の蔵書中に戸田貞三蔵書シールがついたものがみられるのがそれである。松本誠一編『戸田貞三文庫目録』(限定コピー版 1979)がある。なお,蔵書目録として最近,『千葉文庫目録-千葉雄次郎先生 旧蔵書目録』(1989 東洋大学図書館)が刊行され,巻頭に「千葉雄次郎先生略歴」および「著書および論文」〔主要目録〕が載せられている。
 1950(昭和25)年に和田吉人が図書館学夏季講習を開き,1959年の社会学部創設に伴い、図書館学専攻が発足する。この夏季講習は1973年に廃止される。『和田吉人教授 略年譜・著述一覧』(1985 和田吉人先生古稀記念祝賀会)がある。『東洋大学新聞』第562号(1955年6月25日)の社会学科総会の記事に「純学術雑誌として創刊された社会学科機関誌」とあるのは『OLOGY』のようである。
これは年1~2回発行された。
 1958(昭和33)年4月,社会学研究所に総合マス・コミュニケーション講座が開かれ,同年12月に東洋大学テレビ局が開かれる。このテレビ局については,北村嘉行「東洋大学のテレビ教育の試み」(『東洋大学史紀要』5 1987)に詳しい。
 1960(昭和35)年度に社会学研究所内にホテル講座実習所が開かれ,2年後にはインドネシア留学生観光講座と改称。1963年,短大に観光科が開設される。
 両期にまたがるものに,磯村英一『私の昭和史』(1985),藤木三千人「東洋大学社会学科創設の頃の田辺寿利先生」(『白山社会学研究』第1号 1986),奥田道大「<フイールドワークの知>への志向-米林富男教授の全仕事」(『白山社会学研究』第1号 1986),福鎌忠恕「東洋と西洋-21世紀を迎えて」(『白山社会学研究』第2号 1988)などがある。
 田辺寿利教授逝去の記事が『東洋大学新聞』第621号(1962年4月20日)にある。
1962年11月3・4日には,第35回日本社会学会大会が本学で開催される。
 鈴木榮太郎は社会学部創設と同時に社会学部教授に迎えられ,主に大学院の指導に当たった。その逝去の記事は『東洋大学新聞』第669号(1966年10月11日)にある。そこに藤木三千人「日本社会学の先駆者-故鈴木先生の人と研究」がある。藤木三千人・箙光夫・清水浩昭・奥田道大・酒井俊二の報告,高橋統一・山下袈裟男の司会によるシンポジウム「鈴木榮太郎の社会学と現代社会」(『白山社会学研究』第1号 1986)も開かれている。
 米林富男教授逝去の記事は小山隆「米林富男君を悼む」(『東洋大学広報』第23号 1968),奥田道大「実証的な研究姿勢-久遠に生きる研究への情熱」(『東洋大学新聞』第692号 1968年5月28日),磯村英一「残した業績の数々-東洋大学を真に愛した人」(同)にある。

第2節 学生・教員に関する資料

1 学生数の変遷

2-1-1~3の表は主に『東洋大学広報』から学生数の記事を拾ったものである。
学生数の広報は少ない。

年度第1部 第1部計第2部
文学部社会学科  社会学科
24年80名  
26年   50名
 社会学部社会学科応用社会学科 社会学科
34年50名50名100名80名
51年100名200名300名 
60年   130名
61年150名250名400名 
2-1-2 入学者数
年度社会マスコ福祉心理図書館応社第2部
43年113名****315名432名164名
44年******461名164名
45年******568名149名
就学手続者数
年度社会マスコ福祉心理図書館応社第2部
51年96名72名59名46名50名227名323名*
52年215名132名117名103名91名443名658名149名
2-1-3 学生数
年度学部第1部第2部備考
56年1,932名522名5月1日現在
57年1,957名577名
2-1-3 学生数
年度学部第1部第2部備考
56年1,932名522名5月1日現在
57年1,957名577名
2-1-4 東洋大学大学院社会学研究科
*社会学部卒業者数
*大学院は修了・単位修得を含む
博士課程修士課程社会学部
社会福祉社会福祉1部合計社会学科応用社会学科2部社会学科
旧制度        
昭和24年     13名  
昭和25年     18名  
昭和26年     22名  
昭和27年     25名  
昭和28年     57名  
昭和28(9月)年     3名  
新制度        
昭和27年     9名  
昭和28年     15名  
昭和29年     9名  
昭和30年  2名  11名 22名
昭和31年  1名  30名 17名
昭和32年  6名  55名 24名
昭和33年  1名  47名 14名
昭和34年  2名  53名 13名
昭和35年  3名 97名97名 11名
昭和36年  7名 62名9名53名21名
昭和37年  4名 64名16名48名16名
昭和38年

2名

 3名 163名49名114名16名
昭和39年3名 2名 112名21名91名13名
昭和40年0名 3名 151名66名85名21名
昭和41年0名 4名 208名72名136名43名
昭和42年2名 4名 266名128名138名41名
昭和43年2名 1名2名250名77名173名59名
昭和44年2名 4名3名281名107名174名74名
昭和45年- 1名4名274名91名183名76名
昭和46年2名 6名3名336名100名236名89名
昭和47年3名 5名6名380名100名280名78名
昭和48年3名 3名5名442名137名305名110名
昭和49年6名 7名7名520名162名358名94名
昭和50年4名 9名5名477名136名341名84名
昭和51年6名 10名8名427名119名308名92名
昭和52年2名 5名4名395名129名266名81名
昭和53年6名 7名11名485名147名338名94名
昭和54年5名 2名11名356名118名238名88名
昭和55年3名 4名6名364名117名247名86名
昭和56年1名 4名7名600名196名404名83名
昭和57年2名3名2名5名442名151名291名83名
昭和58年0名1名5名7名443名141名302名106名
昭和59年3名3名1名3名440名130名310名95名
昭和60年2名2名4名5名449名147名302名84名
昭和61年2名3名4名5名486名157名329名132名
昭和62年1名3名3名4名438名149名289名106名
昭和63年0名1名1名4名404名124名280名130名
平成1年0名3名1名6名394名125名269名120名
資料:62年まで『創立100周年記念 卒業生名簿 1890-1987』。63,平成1年は担当事務課で補足。
注記:「年」は上記名簿に準じて卒業した暦年であり,学年度ではない。
2-1-5 卒業者総数

卒業年(暦年)

  文学士367名昭和24年-34年
社会学科3,685名社会学士3,318名昭和35年-平成1年
応用社会学科6,888名社会学士6,888名昭和36年-平成1年
第2部社会学科2,326名文学士90名 昭和30年-34年
  社会学士2,236名 昭和35年-平成1年
2-1-6 修了者総数
大学院修士課程・前期課程
  文学修士15名昭和30-35年
社会学専攻131名社会学修士116名 昭和36年-平成1年
社会福祉学専攻121名社会学修士121名 昭和43年-平成1年

 博士・後期課程(満期退学・単位修得)

社会学専攻62名 昭和38-平成1年
社会福祉学専攻19名 昭和57-平成1年

社会学博士学位取得者18名 内外国人5名(台湾2名,韓国3名)

2 在職教員

2-2-1 社会学部創立以降(1959~1989年)専任教員在職期間

本表は百周年室所蔵の『役員教職員名簿』『教職員名簿』に基づいて作成した。同名簿は1959(昭和34)年度のちょうど社会学部創設年度分からある。したがって,期首に「59」とある場合は,それ以前から専任教員であった,その年度から専任教員になった,の両方が含まれている。 名簿発行時期は長らく年度後半であった。印刷以前に逝去・退職者の生じた場合に,その年度に名前の掲載されていない例が多く,正式の在職期間については人事課の記録を参照されたい。(人名 五十音順。期間 年度)[1990年3月現在]

ア行 
青野伊豫児67年-74年
天野敬太郎67年-71年
天野 マキ82年-現在
石川 淳志59年
池田 正敏76年-現在
石井  敦75年-現在
磯部 成志76年-現在
磯村 英一66年-72年(特任73年-75年 学長 69年-72年・75年-83年)
井出  翁74年-現在
稲木 哲郎78年-現在
茨木 竹二74年-75年
今岡健一郎78年-83年
岩井 弘融74年-88年
岩淵 泰郎80年-現在
老川  寛64年-66年
大川 信明67年-現在
大島  尚84年-現在
太田 英昭67年-76年
大坪 省三78年-現在
岡田  温69年-72年
岡本 包治59年-62年(*社会学研究所研究員・専任講師)
奥田 道大59年-70年
カ行 
菅野 重道84年-88年
喜多川豊宇76年-現在
北田 和男59年-74年
城戸幡太郎59年-63年
久保ゆかり89年-現在
窪田 暁子89年-現在
黒川 純一70年-73年(特任74年-75年)
呉  主恵59年-77年
孝橋 正一73年-78年
五島 貞次79年-83年
小林幸一郎73年-現在
駒井  洋72年-74年
小松 洋一70年-75年
小山  隆64年-72年(特任73年-75年)
サ行 
坂口 順治70年-81年
佐藤 恒信59年
島田 知二74年-現在
鈴木栄太郎59年-65年
鈴木 賢祐59年-66年
タ行 
高木 宏夫59年-現在
高橋 統一59年-現在
武田虎之助62年-63年
田中菊次郎73年-79年
田中  壽87年-現在
田辺 寿利59年-61年
田村 健二67年-現在
丹野 朝栄72年-現在
千葉雄次郎59年-68年
塚本  哲59年-69年
土井 正徳65年
常盤  繁85年-現在
ナ行 
内藤 文質59年-77年
中山 伸樹84年-現在
西山  茂77年-現在
ハ行 
芳賀 正明78年-現在
広瀬 英彦72年-現在
広畑 一雄59年-現在
福鎌 忠恕59年-86年
藤木三千人59年-現在
細井 洋子89年-現在(宮沢洋子も参照)
マ行 
増谷連之輔59年
松本 誠一84年-現在
松本 武子78年-79年
三上 俊治83年-現在
三原 信一59年-73年
 宮沢 洋子67年-69年(細井洋子も参照)
村田 宏雄59年-88年
モーゼス・バーグ59年-現在
ヤ行 
山下袈裟男59年-現在
山手  茂88年-現在
横江 勝美59年-72年(特任73)
吉沢 英子80年-87年
吉田 久一84年
米林 富男59年-67年
ワ行 
和田 吉人59年-84年
渡辺 博史61年-64年
2-2-2 社会学部教員数の変遷
年度社会学科社会学科応用社会応用社会社会学部社会学部
専任非常勤学科専任学科非常勤専任合計非常勤合計
昭和34年12名3名11名2名23名5名
昭和35年11名8名10名7名21名15名
昭和36年12名7名10名6名22名13名
昭和37年11名5名11名8名22名13名
昭和38年11名5名12名5名23名10名
昭和39年11名6名12名10名23名16名
昭和40年11名9名13名8名24名17名
昭和41年11名11名12名13名23名24名
昭和42年11名10名16名11名27名21名
昭和43年10名12名15名13名25名25名
昭和44年10名15名15名15名25名30名
昭和45年11名15名15名22名26名37名
昭和46年10名17名15名23名25名40名
昭和47年12名18名15名27名27名45名
昭和48年11名16名15名32名26名48名
昭和49年12名22名16名33名28名55名
昭和50年11名20名15名37名26名57名
昭和51年12名26名16名33名28名59名
昭和52年13名25名15名34名28名59名
昭和53年13名28名17名34名30名62名
昭和54年13名24名17名36名30名60名
昭和55年13名23名17名33名30名56名
昭和56年12名25名17名31名29名56名
昭和57年13名26名18名32名31名58名
昭和58年13名26名18名33名31名59名
昭和59年15名25名19名33名34名58名
昭和60年15名26名18名35名33名61名
昭和61年15名26名18名35名33名61名
昭和62年14名25名19名34名33名59名
昭和63年14名25名19名37名33名62名
平成1年14名24名19名36名33名60名

 資料:『役員教職員名簿』『教職員名簿』