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【教員紹介】Beyond Culture(文化を超えて)―日本と世界の架け橋を創るために 理工学部都市環境デザイン学科鈴木信行教授

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【教員紹介】未来創り人 

鈴木信行教授

Future 2.Beyond Culture(文化を超えて)
        ―日本と世界の架け橋を創るために

理工学部都市環境デザイン学科 鈴木信行 教授

アメリカのエドワード・ホール氏が書いた「Beyond Culture(文化を超えて)」(1976年)。これが、私の研究のベースとなっています。

私の専門は、建設プロジェクトを効率良く実施するためのマネジメント、主に海外での契約関係のマネジメントです。建設分野で日本の業者が日本と同じ感覚で事業を執行しようとすると、契約条件書や契約執行の違いに驚かされます。どのようにしたら世界の舞台で活躍できるか、というのを研究のテーマとしています。

日本には阿吽の呼吸、相手が文脈を読んでくれるという文化があります。しかし、海外では細かく書かないと意思が通じないことたくさんあります。外国人はそこに書いてあることのみを理解します。専門である「契約条件書」や「特記仕様書」では、海外では要求事項を事細かに記載しているのです。その傾向は今後ますます進むと考えています。この差があるということを理解しておかないと、日本社会だと当たり前のようにやってくれることが海外では通じないことがあります。日本社会の慣例で気を遣ったつもりが、相手から評価されないこともあります。契約のマネジメントを実施する際には、その文化の相違に注意することが大切であるというのが私の主張です。

大学もグローバル化しようといろいろと取り組んでいますが、大事なのはカルチャーです。相手のカルチャー。我々のカルチャーだけで話を進めてしまうと、相手には全く通じません。英語で話せば通じるのではなくて、相手の文化を尊重し、相手が理解できるまで細かく説明する必要があることを理解すべきだと考えます。

私は、大学を卒業して就職した年(1978年)から24年間ずっと香港に駐在勤務していたので、向こうの文化が当たりまえだと思っていました。2002年に帰国して、逆のカルチャーショックを受けました。日本はこれでいいのだろうか、という。そこで、いろいろ調べてみると、どうも「Beyond Culture(文化を超えて)」このことだなと。グローバル化と言っているけれど、こういうところから考えなければいけないのでは。

日本が戦後、東京オリンピックからどんどん経済成長したのはなぜだろう、というのを欧米のいろいろな人が研究しました。言語学者でもある著者エドワード・ホールは、急速な経済成長の支援の一つとして、日本の文化というのは特別にできている、行間にたくさんの意味が入っていて、受ける側がその行間を理解していると指摘しています。書いていないけれど理解していると。そこが経済発展に有効に機能したと経済学者等に考えられています。余計なことを言わず、余計な文章もなく、日本はスピーディにどんどん進んでいった。今になってもこのような文化の違いがいろいろな場面で沢山現れているのではないかなと思います。特に、21世紀に入りICT(Information and Communication Technology:情報伝達技術)が世界に浸透し、時空間の概念にパラダイムシフトが起きています。世界が一体化してきた今、行間を読む文化を主張していては置き去りになる可能性があります。

ただ、これは日本のいいところでもあるのです。例えば、言われなくても相手の気持ちを理解して行動する「お・も・て・な・し」もこの一種です。こういう文化、言語に関する文化をなんらかの形で世界に発信できれば、我が国の良さをもっとアピールできるのではないかと思います。

しかし、契約、という観点から言えば、我が国も世界共通のルールに従うべきだと考えます。サッカーワールドアップなどでは、世界共通のルールで全参加チームがプレーします。したがって、全世界が熱狂できるのではないでしょうか。

私は24年間香港におりましたが、今回(2015年12月)改めて調査に行ってわかったのは、そのころにはなかった、建設の際に輸入する材料は、森林破壊を管理しているという証明書のついたものしか輸入してはいけないという規定が含まれていました。「そんなところまで!」とびっくりしました。

日本では、そこまではまだ規定されていませんが、新国立競技場は木が主材料です。木を切るのならば新しい木を植えています、という証明が必要になってくるはずです。これが、世界のスタンダードになってきているようです。森林管理協会の証明書が必要になりますが、それを工事の契約条件書に書くということは日本ではまだありません。香港では調査したどの契約書にも記載されています。他の国にも普及しているようです。日本だけやらない、というわけにはいきません。

ここまで書くのか、と思うほど細かい。こんなに細かいことを相手は規定しているという違いが「カルチャー」です。木材の事(環境保全への取組み)は、私が香港にいた時よりもずっとずっと進んでいました。つまり、世界は環境保全を強く意識しているということです。本当に驚きました。COP21「パリ協定」が採択されましたが,我が国は“技術technology”または“お金money”で解決を図ろうとしているように思えます。環境に関するソフト面での対策も必要ではないかと思います。

教育への想い

 大学卒業してから24年間、香港でずっと民間の建設会社で働き、帰国してからは国土交通省の研究機関に10年間、その後、こちらに就任しました。

1968年のサイエンス(雑誌)で、アメリカの生物学者、ギャレット・ハーディンが書いた「The Tragedy of Commons(共有地の悲劇)」、という論文があります。若いころ読んだのですが、20世紀に入り人口がどんどん増えて、自由に水や空気を使い、自然が持つ自浄効果以上に汚染してしまっている。そうすると、地球の大きさには限界があるので、いずれは限度に達し、強いものだけ生き残る悲劇が起きてしまうという内容です。1972年にローマクラブが発表した「成長の限界」というレポートにも感化され、地球に限界はあるな、というのを感じていました。で、「The Tragedy of Commons」の最後にサイエンス(科学)で解決できない問題が世の中にはある、科学で解決できないものを解決するのが教育の役割であると書いてあり、これがずっと頭にありました。そのことがあって、教育を私の最後の仕事にしたいと思っていました。

「橋」を架けたくて建設会社へ

大学の専門は資源工学ですが、研究は岩盤力学といって岩盤の強さの分野です。トンネルや坑道を掘って、発破をかけた時に近隣のトンネル等にどのような影響があるのかを有限要素法で動的解析をしました。その繋がりから就職は、丁度伸び盛りで海外進出を促進していた株式会社青木建設に決めました。1978年に入社し、その年の9月に香港勤務の辞令を受けました。以来24年間、そのまま香港で仕事をすることになりました。

なぜ、建設会社にしたかというと、昔から「橋」に興味があり、「橋」を架けたいと思っていたからです。サンフランシスコのように大きな都市の港には橋があります。その橋は何を意味しているのかと考えた時、船で世界旅行などをしていた昔、外国から来た人に対してその国の技術力、経済力を誇示しているのではないか、と思ったのです。そんな「橋」にいつか関われたらという思いがありました。入社した時に、「なぜうちにきたのか」と訊かれ「橋を架けたい」と返答したら、「うちの会社では橋は架けられないけど」、と言われたのですが(笑)。

香港01
啓徳国際機場(カイタック空港)
中央部が飛行場、奥が香港島

かつては街の中心に飛行場があり、
世界一離着陸の難しい空港と呼ばれた。

香港02
本場香港のドラゴンボートレース

毎年旧暦5月5日の端午節に開催される。
写真右奥の50人乗りの第龍(ダイロン)がレースの最大の見どころ。

(撮影:鈴木信行教授) 

最初の現場は発電所の造成工事でした。民間の工事ですが、「近隣の村民を雇用しなさい」と仕様書に記載があり、私には17歳の副村長の息子と、60歳代のお年寄りが手元についてくれました。このお年寄りは、常々「日本軍が侵略してきた」という意味のことを呟いていたようです。言葉(英語)が通じないので、漢字ならば理解してくれるかと思い、野帳に書きましたが通じませんでした。文盲のようでした。それで、「一日1語」ということで私が広東語を習うことにしました。2-3ヶ月後に仕事に関する内容は何とか通じるようになりました。

副村長が自宅を新築したお祝いに村に呼んでくれました。現場事務所から街路灯もないあぜ道を犬に吠えられながら20分ぐらい歩いて行きました。30名以上いる日本人職員の中で私だけ招待してくれました。親戚の方などと一緒に夕食をご馳走になりました。これほど地元の方と接近できたのは良い経験になりました。

1985年に現場所長となり、担当した橋梁工事の発注者側の英国人Resident Engineerが香港滞在10周年記念パーティに招待してくれました。ちょっと高価なワインを持って自宅に伺いましたら,なんと数十名の英国人が集まっていました。大きなフラット(マンション)であることと、日本人は私だけだったのにちょっと驚きを感じました。

キャッスルピークパワーステーション

1978~1979 新入社員の時に配属された大量土岩造成工事

(写真上)キャッスルパーク・パワーステーりょん(青山火力発電所)の造成工事

(写真右)現場の北側(裏手)にある丘の上にて(1979)

キャッスルピークパワーステーション

人生の転機になった、学生時代のアメリカの旅

就職先には、「海外」で働くことができるところを目指していました。
私が最初に海外に行ったのは、大学院1年の時です。その時に給与奨学金を貰うことができました。それで早速、夏休みの1か月間アメリカに行きました。当時、1ドル300円になった時代。世界をリードしているアメリカは、どんな国だろう、どういう風にすごいのだろうと興味があったのです。
何も予約せずに自由に回ろうと考え、航空チケットとカナダからアメリカ、メキシコを何度でも乗り降りでき、どこでも行けるグレイハンドというバスのチケットだけ買って、米国西海岸からカナダのケベックシティまで回りました。
始めは友人と2人でしたが、途中で別れて1週間後に再会するはずが、連絡が取れず、その後はずっと一人で行動することになりました。帰国の朝にロスのダウンタウンのバス停近くで食事をしていたら、その友人が後ろに座っていて、「よく生きていたなぁ」なんていう再会をしたのもいい思い出です。

当時、アメリカは工業国、とても発展している国、というイメージを持って行きました。しかし、街の周りは確かに発展しているけれど、あの広大なエリアが全部農業地帯なのです。トウモロコシとかジャガイモばかり。一番びっくりしたのは、オマハ(ネブラスカ州)からシャイアン(ワイオミング州)へバスで西へ向かったのですが、朝、真後ろにあった太陽が夕方は真ん前へ沈む。ただただ道がまっすぐで、そして周りは全て畑なのです。そこで感じたのは、なんだアメリカって農業国ではないかと。アメリカは自給率が高いですよね。食べ物を確保しているのはアメリカ。これが世界なのだな、と思いました。

そして、この旅が大きな転機、経験になりました。世界が自分のビジネスフィールドだと強く感じ、その時からずっと、海外で日本ではできない仕事をしようと思っていました。この旅がなければ、もしかしたらずっと日本にいたかもしれません。

学生には、観光ツアーには入らずに、自分の感性で海外に行ってこいと話しています。世界を自分の眼で見ることで、それまでの視野、価値観が大きく変わると思います。文化の違いも分かるかもしれません。沢山の時間がとれる学生時代にこそ、そのような経験をしてほしいと願っています。

(2016年4月)

1978年~2002年に香港駐在勤務して担当した工事の一部

屯門インターチェンジ工事

1980~1983
屯門インターチェンジ工事

チェンワン高架橋工事

1984~1986
チェンワン高架橋工事

現場所長になって初めての工事

屯門LRT橋工事

1988~1990
屯門LRT工事

NENT汚水処理場

1994~1996
NENT汚水処理場工事

中国との緩衝地帯内に設置された汚染処理場用の汚水曝気タンク(全5か所)

ストーンカッター島下水処理場ポンプ工事

1996~1997
ストーンカッター島下水処理場ポンプ場工事

英国から中国の変換に伴ったインフラ整備事業の一つ

2016年度土木学会関東支部写真コンテスト「土木ある風景」で優秀賞を受賞

2016優秀賞

2016年 優秀賞
光の共演 ―ふれあい橋(旧中川)

桜橋(隅田川)

2014年 佳作
光る川 ―桜橋(隅田川)

永代橋(隅田川)

2013年 優秀賞
隅田川 ―永代橋(隅田川)

ゲートブリッジ(第三航路)

2011年 最優秀賞
あすに架ける ―ゲートブリッジ(第三航路)

土木学会論文集に登載された審査付論文

1)工程順守に影響を与える作業工種の抽出法に関する研究
2)マネジメント要素の階層性に関する研究
3)建設施工マネジメントにおける出来高管理システム(EVM)適用法に関する一考察
4)品質確保に影響を与えるマネジメント要素に関する一考察
5)建設施工におけるマネジメント要素間の相互依存性と順序立てに関する研究

研究テーマ

1)建設プロジェクトを効率良く実施するためのマネジメント方法論 品質とコストと工程には相互依存の関係が存在する.そこで,QCTの全体最適化を目的にバランスの図り方を論理的に示す研究をしてきた.研究ではQCT3つのマネジメント要素から8つの要素に増やして、マネジメント要素間の複雑な関連性の形状をネットワークの構造として解析する手法を確立した.
2)施工計画と工事コストの関係に関する研究
発注者から得られる設計図書は,発注者が要求する最終成果物が示されている.どのように達成するのかは施工者のノウハウである.すなわち,設計図書には示されない仮設計画や施工プロセスが工事コストを大きく左右する.
ここで,仮設計画や施工プロセスの最も重要なキーワードは,「水を制する者は土木を制する」である.もう一つ重要なキーワードは,「重力に逆らうな」である.これらのキーワードは工事コストに大きく影響し,計画を立案する際の留意事項である.
3)積算,入札,契約のプロセスと建設経営論
近年の国土交通省直轄工事では,総価契約単価合意方式をほぼ全ての工事で採用している.積算して入札し,契約時に個別工種の単価を合意する.設計変更単価は,この合意単価が優先されることに留意しなければならない.
また,設計変更の無い工事はほとんど無く,設計変更を事前に予測し積算・入札・契約という戦略を立案することが,建設経営において重要なポイントである.価格の設定方法と資金の回収方法は、かつては“どんぶり勘定”と呼ばれるように,全体の支出と収入のバランスのみで評価することが建設経営において行われてきた.何故ならば,取引する“物品”が存在しない時点で契約が結ばれ,前渡金として契約額の最大40%が支払われることに起因すると考える.健全な建設経営を実施するためにはキャッシュフローの把握,金利計算も含めた予算管理と,計画と実施の相違等を論理的に監視する手法が必要がり,その方法論を研究テーマとしてきた.
4)国際建設プロジェクトにおけるリスクマネジメント
わが国の社会資本整備投資は,1990年代のバブル崩壊後伸び悩んでいる.東南アジアや中東諸国等では,わが国の高度な施工技術を必要としている国が多い.反面,十分な開発整備費用の無い国が多い.
諸外国の契約形態は,わが国が長年実施してきた契約制度との乖離が大きいため,高度な建設技術を有するわが国建設企業の国際建設プロジェクトへの展開で辛苦を経験しているのが現実である.その要因の一つがリスクに関する考え方の相違である.
国際建設プロジェクトにおけるリスクの抽出,対応策の検討,実施において顕在化したリスクの対策事例から学ぶリスクマネジメントを研究テーマとしてきた。
5)防災を踏まえた都市計画の検討法
わが国は,地震が多発し,急峻な地形の影響で台風や大雨等の自然災害を受けやすい.建設事業の主たる役割は,市民への安心と安全の提供である.阪神淡路大震災,新潟中越地震,東日本大震災は記憶に新しい.同じ地震に起因する災害だが,それぞれが異なった災害発生形態を示している.都市部の災害,中山間部の災害,沿岸部の津波災害等である.すなわち,地域や都市ごとに防災対応が異なる.大災害発生直後の救助救援活動や復旧復興活動において最も重要なインフラは,道路網である.すなわち,道路整備等の都市計画を立案する際には,防災の視点からその地域の特徴を踏まえた検討が重要であり,地域の特徴を踏まえたと都市防災計画の検討法を研究テーマとしてきた.
6)蓄光材料を用いた避難の安全確保と景観設計の研究
蓄光材料は太陽光などを蓄積して,周りが暗くなってから8時間ぐらい光る.耐用年数は約17年間,ほとんどメンテナンスが不要である.大地震や台風等の災害時に電力が失われても,蓄光材料を頼りに避難が可能である.また,電力が不要であるため無駄なエネルギーを使わなくても魅力ある景観を創ることが可能である.空撮のよる3次元測量と合わせて,3次元景観の研究をしている.
7)ラウンドアバウト(環状交差点)の2次元および3次元による交通流シミュレーションを実施,市役所と官学協定書を結ぶことができた.他に2020東京オリンピック施設周辺の3次元化など,3次元化の研究を推進している.

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