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【教員紹介】工学で愛をつくる 理工学部生体医工学科望月修教授

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【教員紹介】未来創り人 

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Future 1.工学で愛をつくる
理工学部生体医工学科 望月 修 教授

研究室の看板に掲げる「工学は愛である」の意味

人々が気になるもの、ほしいなと思えるもの、それを手に入れるための行為、それを「愛」と言っています。つまり、生きようとする望みを与えるもの。例えば彼女のためにダイヤの指輪でも買わなければならない、と思うと、買うために働くとか、何かのために何かをするという行為をさせるもの、これが愛なのです。それは何でもいい。自分ではなく誰かのため。自分の生きる目標を愛と呼んでいます。

私は、見返り美人を「愛」という漢字に重ねています。「見返る」という意味で。漢字はもともと象形文字ですから、何かを表している。では「愛」は何を表すのか、「愛って何ですか」と言われた時に具体的なモノとして描けないし、いろいろなものがあるから、ひとつのものとして表せない。皆それぞれ対象物が違うから、すべてを網羅するカタチは作れない、書けない訳です。それで行為として「あ、気になるね」とその振り向いた姿を、愛としたのです。気になるもの、これを創ることが工学。人々が幸せだと思ってくれる、手に入れることによって良かったとか幸せと感じてくれるようなものづくり、これが工学なのです。

工学はものづくり、と言われることがあります。よくプラモデル作りに例えるのですが、買ってきたプラモデルを単に作るだけであれば、ものづくりとは言いません。作る人の立場で、どうやって組み立てればいいか、どうすれば本物らしく見えるかを考えているプラモデルの製作会社の人たちが作るプラモデルのパーツ作りはものづくりです。製作会社の人たちはプラモデルという愛をつくっているのです。我々はこっちでありたい。「工学は愛」と言っている意味はここにあります。

芭蕉の句とオリンピック金メダリスト候補萩野公介選手(本学文学部)の水着(ミズノGx・SonicⅢ)の開発

数年前に、様々な蛙の飛び込む音を実験しました。その実験が今の水着の開発に結びついています。
当時なぜそんな実験をしたかというと、松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」という有名な句のその水の音を知りたかったからです。

松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」は、俳句として素晴らしいと教わるのですが、どう意味があるのでしょう。水の音、と聞いたとたんにそれは何の音?と思うのです。芭蕉の句を流体力学的に見ると疑問符だらけなのです。まず、古池や、の古池とはどういう池なのか。流体でいうと、どろっとした液体なのかさらさらとした液体なのか、何か藻が生えているような液体なのか。おそらく純水ではないだろう、とは思うわけです。そこに蛙が飛び込むとどんな音がするのか。普通、蛙の飛び込む音など聞いたことがないから、石を投げた時の音で想像すると、大きな石だとドボンというし、小さければちゃぽんというだろうな、と思う。どんなカエルが飛び込んだのか、どんな音がするのだろう。それを解明したくて、実験をしました。江戸時代、芭蕉が住んでいた浅草のあたりの古地図まで調べました。その当時の蛙で実験をすると、きれいに飛び込むのは東京だるまガエルという蛙1種類だけ。この東京だるまガエルを捕まえて実験をしました。

飛び込む音がしないということは、空気の泡が入らないということ。泡が入らないというのは、抵抗が少ない。当時の様々な実験結果から、飛び込みの時に抵抗の少ない水着が作れるかもしれない、と思ったわけです。

日常の中で様々な疑問を生み出し、自分の専門から解いていく。一見関係ないと思えるバラバラな事柄が思いもしないところでつながっていく。

疑問を持つこと、それが大切です。
朝出勤の時に、ナメクジを見て、どこから来たのだろう、どこに行ったのだろう、とか日常は常にクエスチョンにあふれていて、そうすると、それが知りたい、となる。これは自分の分野ではないからではなくて、常に不思議だと思ったことを解いていきたい。そして、日常の様々なクエスチョンを解くには、自分の得意分野でひも解いていくしかありません。

流体力学とは、簡単に言うと、物質の移動や物質の変化です。流体とはカタチのないもの、空気のカタチといってもつかみどころがないでしょう。でも何かが流れているというのはわかる。風が吹く、というのは空気が流れていること。そういうものを区別するのに流体的な考え方があるのです。物資の動き、移動というものを扱っていると言ってもいい。特に流れとつくもの、歴史の流れとかお金の流れ、人の流れ。大抵のものはつながります。地下街で人の流れを観察してみたり・・・。日常から生まれたクエスチョンを自分の得意分野に持ってきて、その切り口からひも解いていく。そうしていると、まったく違うと思われるものたちがつながっていく。

奈良の明日香村にある遺跡「酒船石」には、大きな石の上にパターンが書かれていて、それでお酒を造ったかもしれない、ということで酒船と言われています。お酒を造ったという説の他にも儀式に使ったという説など、諸説あります。およそ1400年前、飛鳥時代のものです。この石のパターンを見た瞬間、フルイデックスではないかと思ったのです。電気回路用の部品、コンデンサや抵抗やトランジスタなどそういうものです。これは電気を流しますが、この石は水を流すのです。流すというところは全く同じで、トランジスタはエミッタ、コレクタ、ベースという3つのラインがあるのですが、この石にもそのような部分があります。増幅回路だったかもしれないし、回路を組んで制御装置として使っていたかもしれない。何らかのコンピューターだったと考えることができます。これも20年くらい前に気がついていろいろと研究の申請書を出しましたが、当時は一蹴されました。やっと一昨年、歴史が大好きな学生が歴史から調べ、歴史の中でこれがどういう位置づけにあるのかも含めて研究を進め、学会(可視化学会)で発表しました。今のICチップをイシということも面白い。昔もイシと言っていた。石を見て、そのような発想をする人が出てこなかったということですが、流体力学などを研究している人に見せるとすぐにフルイディックスだといいます。この石を見る人が歴史学者ばかりだと、儀式とか、そういう発想だけになるのでしょう。

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酒船石

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酒船石イラスト

学での学びは、それまでの知識を結びつける知恵をつけること。

大学での学びは考える、ということなのだと思っています。知識を増やすのではなく考える。それまでに習ったことをどう使うか。知識をどう結び付けるか。それを身に着ける4年間です。
大学院2年間も同じなのですが、もう少し自分で見つけて自分で解決していく方法を我々は教えています。大学は我々がこうやりなさいと示したうえでやっていく訓練、大学院は自分でではどうやったらいいのということをもう少し考える。そしてドクターは、何が問題なのかを考える。石を見て何も思いつかない人もいるわけです。水を流すのに使ったのだと聞けばそれだけで納得してしまう。なんでだろう、と考えてもう一歩調べてみるというところまでにはならない。博士課程では疑問を持って考える、そういう訓練をしているところと思っています。専門分野ですごく高度なことをやっているということではなくて、いかに考えるかです。研究を通じて、ものを考える。「愛」のためにやります、でもよい。目的を考えたうえで、自分の研究をやりました、というこの筋道を立てられたというのがドクターです。愛について考えることがフィロソフィーなのです。

だから、工学だけをやっているわけではなく、いろいろとやっています。時代が変わる、興味がうつる、その時々に対応がすぐできるかという柔軟さが重要なのですが、それは根がちゃんとしていないと浮草のようにふらふらするだけで表面的になって、時代に流されるだけになってしまい、何も残りません。いろいろなことの幹は一緒で、枝葉が沢山分かれているというイメージです。根がきちんとしていれば、全く違うところで花が咲くかもしれないし、すぐではなくてもいつかは結びつくことがある。結びつけることができるかどうか、こういうことができるのがドクターであって、それを訓練されてきた人、です。

経験を積むこと。やってみないと何もつながらない。

学生たちが「先生よくそこまで発想できますね」とか「よくそんな見方できますね」とかいうけれど、「例えば考えてごらん。」と学生に言うのです。小学生時代に習っていたことはその範囲でしかないし、掛け算で九九をやっと覚えましたという状況でしょう、なんで九九ってあるのって、わからずに覚えた。中学や高校になると小学校でやっていたことが少し見えてくる。そうすると意味もわかってくるようになる。

ダビンチとか昔の著名人はいろいろなことをやっていましたよね。一つの職業ではない。いろいろなことができた。これが分かる気がします。それぞれを一つのコンセプトの中で結びつけることができるようになるのです。これとこれは別なのではなく、結局根元は同じとか、これはこういうことにつながっているとか、が見えるようになる。こういう発想は訓練ではなく経験から。いろいろなものを見る、いろいろとやってみる。何もやらなければわからないので、それが大事です。

>>研究者情報  望月修(生体医工学科教授)
>>望月研究室サイト

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