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国際地域学部 JENESYS2016 韓日共同教育「多文化共生と街づくり」プログラムを実施しました

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日韓共同教育「多文化共生と街づくり」

~多文化が共生する国際都市東京で街づくりについて考える~

 2017年1月5日(木)から14日(土)の10日間、韓国から日本語を勉強中の学生や日本に興味のある学生36名、引率12名計48名を招へいし、国際交流事業を実施しました。

 日本からは、東洋大学国際地域学部の学生26名、Umap加盟大学から2名の学生が参加しました。「多文化共生と街づくり」をテーマとし、フィールドワークや講義を通して日本の歴史や文化、農業、日本で暮らす外国人の現状などを学びました。

1月6日(金)のオープニングセッションでは、竹村牧男 本学学長による歓迎の挨拶後、多文化共生についての講義を行いました。また、アイスブレイキングでは福笑いを行いました。両国の学生は英語や韓国語、日本語でコミュニケーションを取りながらすぐに打ち解け、その後のグループワークもスムーズに行うことができました。

Jenesys2016  Jenesys2016

1月7日(土)から10日(水)の間は、東京近郊の都市をめぐり、日本の文化、歴史等を学び、1月11日(木)は新宿、大久保エリア、12日(金)は川崎でフィールドワークを行いました。学生たちはグループごとに設定したテーマに沿って街歩きを行いました。フィールドワークでは事前学習を生かし英語でコミュニケーションをとりながら、自主的に学ぶことができました。

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 フィールドワーク後は、13日(金)にある発表に向けて、それぞれが気づいたことをグループ内で共有しました。日本語が上手な韓国人学生も多く、会話の中で日本語、韓国語、英語が入り混じっている様子は普段の授業ではなかなか見られないものでした。

 13日(金)は、本事業のまとめとして学生が学んだこと、気づいた問題点、今後のアクションプランを発表する場として、ポスターセッションとプレゼンテーションを行いました。学生たちはフィールドワーク中に撮影した写真なども利用し、発表用の資料を作成しました。 短い時間ではありましたが、それぞれのグループが10日間の学びを形にし、素晴らしいポスターセッションとプレゼンテーション報告会となりました。

 報告会後はフェアウェルパーティーを行い、ポスターセッションやプレゼンテーション報告会の表彰式を行いました。パーティー終了後も学生たちは最後まで別れを惜しんでいました。プログラムでは多くのことを学び、グループワークなどを通じて異文化への理解が深まりました。参加者一人一人にとって実りの多いプログラムとなりました。

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【参加者の感想】(抜粋)

<川崎市のフィールドワークから>日本人学生

川崎市を訪れることは初めてだったので、その地域にこれだけ多くの外国人の方々が居住していらっしゃることを初めて知った。また、在日韓国人の方々、中でもオールドカマーと称される方々の日本での生活は困難の連続であったことを痛感して心が痛んだ。今、私が在日韓国人の方々に対する以前の日本人の接し方を耳にすると、どうしてそんな事をしてきたのだろうか、と非常に違和感を覚えるけれど、当時の日本政府をはじめ、国民の中で醸成してきたものの見方が生み出してしまった負の遺産なのだろうと感じた。その上で、川崎市が現在行う地域をあげた多文化共生への取り組みは意義深いと評価できると思った。また、青丘社の皆さんが在日韓国人の方々のみならず、外国にルーツを持ちながら日本で暮らす人々の支えを行っていることはとても大切なことであると思った。川崎の街歩きでは、区画で在日韓国人の方々が住む場所が密集していることに歴史的な背景を感じながらも、現在もなお「顔の見えるご近所づきあい」をされていることが印象に残った。

 

<川崎市のフィールドワークから>日本人学生

日本がどれだけ同化にこだわっているのかが嫌なほど伝わり、政府が唱えるグローバル化というものが何なのか分からなくなってきた。裴重度さんが詳細に自分の過去ややっている活動について知ることができ日本社会の考え方に怒りをいだいた。(中略)どれだけの日本人が彼らの権利や人権について関心があるかと聞かれたらそれは少ない。それに歴史的な背景や在日外国人の権利を巡っての事件など知る人は少ないと感じる。特に私たちのような若者だ。まず日本人はグローバル社会だから世界に目を向けようという前に国内で起こっている外国人に起こる問題について考える必要がある。韓国人学生は歴史をよく勉強し関心が高いことが質問や話からうかがえる。だから私たちは対等に話ができるようにさらに勉強すべきだと思った。過去は過去だが現在は過去を蓄積したもので構成されている。よって歴史や出来事の背景を学ぶことが私たちの課題であると思った。

 

<川崎市のフィールドワークから>日本人学生

外国人というだけで入園を断る保育施設があることには驚きました。日本人にある潜在意識に問題があるのだと思います。これから、日本に住む外国人が増えていくと思います。たとえ、法律が変わらなくとも私たち一人一人の意識が変わることが、外国人にとって住みやすい日本に変わっていくと思います。青丘社が中心となってコミュニティが作られることはとても良いことだと思いました。言葉が通じない場所に住んでいるというだけで孤独感を感じることがあると思います。人と人がふれあう場所の提供は、暮らしの豊かさを提供することにつながると思います。

 

<川崎市のフィールドワークから>韓国人学生

わたしたちは川崎で、在日韓国人を支援したり、街の福祉に力を入れている、まさに街づくりに関わっている方からお話を伺いました。その方は、日立雇用訴訟の際に一緒に戦っていた方で、在日韓国人の二世です。特に、話の中で取り上げてくださった、選挙権の話題は「なるほど!」と感心しました。一緒に街を作っていく一員として、選挙権は必要なですが、そこに気が付かなかった自分に驚きました。また、韓国では行っているけど、日本ではまだ、というところでは、初日に聞いた講義の内容をもう一度思い出しました。彼が投げた二つの質問、「そもそも、民族ってなんだろうか」「帰化した人は民族で扱われるのか」とても難しい問題です。しかし、私たちは、一度でも、自分の答えを見いだす必要があるのではと思いました。

 

<Reflection of Field Trip in Kawasaki> from a Korean student

Today we went to Kawasaki area. First we listened to a very long speech from a Korean Japanese (Japanese government does not allow this name but I do not know how else I should describe him) and then went for another machi aruki field trip around the area. The area was mostly for those old comers and most of them were old residential places. While walking we bumped into two old comers and talked to them. It was very interesting how they still had pusan dialog accents but talked kinds of like Japanese. One thing that I felt sorry was that one of two kept saying "happy new year. We are here, poor like this. But please hope you all be happy" :'( It made me want to know more about those old comers and how they live more closely.

 

<Reflection of Field Trip in Kawasaki> from a Korean student

The question "What makes someone 'Korean'? what is 'Japanese'?" keeps coming up during this project. This "we" concept seems to be more closed for Korea and japan, where they have one single majority of ethnicity. on the other hand, other countries with more ethnic diversity does not seem to have much of problem with it, because they accept the newcomers as "we" easily.

On the first day of the project, Prof. Chris Burgess had lectured about multiculturalism and have mentioned about dual identity and I was doubtful about it. but hearing more lectures made me think that on the open culture, they might want the dual identity.

 

<Reflection of Field Trip in Kawasaki> from a Korean student

While I was listening to the lecture, I was able to understand how difficult it is to consult the foreigners in the local area. In that sense, Kawasaki city has done a good job, one of the professional consultants said she has been working as a consultant for 13 years. I’m sure she is very experienced, and for her, it would be easy to recognize the difficulties that foreigners might encounter. I think Korea should have at least one or two consultants for foreigners in the particular district where there are many foreign residents. That way Korea government could help foreigners to adapt to the new culture easily.

 

<新宿のフィールドワークから>日本人学生

今日は新宿にある多文化共生プラザを訪れ、在日コリアンの方々の講演を聞いた。私が最初に在日コリアンを見たときに、この人達ははたして日本人なのか韓国人なのか、アイデンティティークライシスみたいなものはないのかということを考えていた。在日コリアンとは、日本に在留する韓国・朝鮮籍外国人のことを指すが、日本に住む彼らの現状はこんな簡単な説明で終わらせることが出来ないと感じた。韓国併合時代から在日コリアンの問題はあったら、90年代まで在日韓国人の問題は明るみになることはそこまでなかった。川崎市や新大久保では、K-popや韓国料理が食べられる店がたくさんあるように、日本には韓国文化や生活が部分的であるが根付いている。しかし、在日コリアンの人口は年々減っており、その代わりに中国人やフィリピン人など他国から多くの外国人が住み始めるようになると、在日コリアンの存在も薄まってきている。このような背景から分かるように、在日コリアンは私達の世代では正直知られていないのが現実である。しかし、私たちは歴史を改めて見つめ直し、在日コリアンの今の現状を知り、新宿の多文化共生プラザが推進するように、日本と在日コリアンの共存を確立する必要があると思う。

 

<新宿のフィールドワークから>日本人学生

地図を見ているよりも実際に歩くことで新宿がどんな町なのか知ることができた。新大久保といえばコリアンタウンとして知っていたが、自分が想像していたよりも看板や標識まで韓国語が使われていたので驚いた。また少し大久保側に行くだけで、ミャンマーやベトナムの店やそういった国籍の人が多かったのでおもしろかった。喫煙所や点字ブロックなどのマイノリティの視線に立って歩いて見るのも普段見えないものが見えておもしろかった。また午後の公演では、在日の方の話を聞けて非常によかった。日本人か韓国人かの概念の難しさや、日本で住むことの難しさが具体的にわかった。グループで新大久保について話し合った時に、ヘイトスピーチについての話題が出たのだが、みんな真剣に話をしていたり素直な意見を言うことができて、1つの思い出となった。日本と韓国についてこれからも考えて行きたいと思うし、韓国の人にもテレビの報道からではなくて、実際に歩く私たち日本人がどう思っているのか伝わればいいなと思った。

 

<Reflection of Field Trip in Shinjuku> from a Korean student

The problem is coming out their identity are connected with long-lasted historical problems. Because the first generation of Jainichi came to Japan after the war, the perception that Korean stole Japanese's job was widely spread. Not only that, the notorious incident in 1923 that so many Korean got misunderstanding in Tokyo and killed by Japanese was representitive incident that shows how much Japanese felt threaten and deal with diversity issues.

However, in my personal opinion, liquidating historical problem is so significant of course, but our government was too incompetent to deal with such as serious problem. I think that the root of corruption and collusion between Chaebol and politicial is from 1920, and it has not been solved yet.

 

<Reflection of Field Trip in Shinjuku> from a Korean student

I had a really good time doing a filed trip around Shinokubo and taking lectures from people who are working for better multiculturalism in Shinjuku. Looking around residential areas where a lot of foreigners live, I was surprised by how people keep their streets clean and tidy. One thing I thought was different from Korea was that people parked their bicycles in a line even there was no bicycle parking lot. While walking by  restaurants, We could definitely see many different types of languages from so many countries. They used their language, English and Japanese, which made everything so exotic. The smell of a spice from each culture added up the atmosphere of multiculturalism in Shinjukubo