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【RDS WWP インタビュー】挑戦する気持ちが、夢を叶える(トビタテ!留学JAPAN海外留学奨学金第1期 国際地域学部 田村彩紀さん)

English (TOYO Global RDS)

【RDS WWP インタビュー】
挑戦する気持ちが、夢を叶える

2015年9月22日~24日にかけて、東洋大学ではトビタテ・ウィークが開催されました。お昼休みには説明会も開かれ、連日にぎわいを見せました。そこで自身の体験を話したのは、現在、国際地域学部国際地域学科4年生の田村彩紀さん。彼女は、トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラムの1期生として奨学金を利用し、米国フロストバーグ州立大学で3年の8月から9カ月間の交換留学、そして6月からの3カ月間ホンジュラスでのインターンシップを経て8月に帰国されました。そんな田村さんに、今回は私、冨田真帆(国際地域学科1年)が奨学金を受けた経緯やインターンシップの活動についてインタビューしました。

トビタテでは自分のやりたいことができる

冨田: 今回田村さんはトビタテ!留学JAPAN(以下、トビタテ)の制度で留学とインターンをされたそうですが、まずはトビタテについて教えてください。

田村さん: トビタテは2013年から始まった、文部科学省が主体の海外留学促進プログラムです。政府だけでなく、民間企業も参加し、2020年の東京オリンピックまでに留学者数を倍増させる取り組みを行っています。

冨田: なるほど。とても興味深い取り組みですね。では、今回、田村さんが受けた奨学金はどのようなものだったのですか。

田村さん: 私が受けた奨学金は、トビタテの中で、2014年から新しく始まった留学奨学金制度「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」と呼ばれるものです。一定の条件を満たしていれば、ボランティアや日本文化を広める活動など、内容や期間も自分で自由に決められるのが特徴です。トビタテは、留学という大きな枠の中で自分のやりたいことが本当に何でもできるんです。特別な資格やTOEICやTOEFLなどの英語力の基準は一切必要ないところもまた、他の奨学金プログラムと大きく違うところだと思います。
そして、トビタテの中身も少しずつ変わってきていています。例えば、私が応募した新興国コースでは、現地での活動はビジネス要素を含む必要があり、願書を書く際も、ビジネスを含んだ内容を書きました。しかし、現在募集されている4期生では、現地の言語や文化の習得を目的にして留学することもできます。

トビタテでつかんだ、中南米への切符

冨田: トビタテの奨学金があったことで、助かった部分はやはり大きかったですか。

田村さん: そうですね。トビタテの奨学金のおかげで金銭的な面で大分助けられ、卒業を1年延ばすという選択肢を選ぶことになったのは、とても大きかったです。今現在4年生なんですが、卒業を1年遅らせようと思っていて。でも、トビタテに出会うまでは、全くそんなことは考えていませんでした。交換留学に行って帰ってきたら就活をして、卒論を書いて、卒業するんだろうと思っていました。
これはトビタテを応募したきっかけにもつながるのですが、私は、1年生のときに受けたスペイン語と中南米の経済と社会の授業を通して、ラテンアメリカに興味を持ったんです。けれど、2年の秋に翌年のアメリカへの交換留学が決まり、3年の春でもなかなか行く機会がないまま交換留学が近づいていたのが、少し心残りでした。もう卒業旅行でしか中南米には行けないのかな…って考えていました。その時、大学のEポートフォリオの掲示板か何かでたまたまトビタテの存在を知ったんです。初めは何とも思っていなかったんですが、もう一度見返してみて、これなら何かしら中南米に関われるんじゃないかと思い、指導教員である久松佳彰先生(国際地域学科教授)に相談しました。久松先生は、私が中学・高校の時に吹奏楽部に入っていたことを知っていたのと、たまたま先生の知り合いの方のお友達に、ホンジュラスで芸術系のNGOを運営している方がいたこともあり、そのNGOで音楽を教えるインターンをしたらどうか、という話になりました。
またその際に、就職活動の期間にインターシップするをことになるので1年卒業を延ばすという提案を受けました。私も、そういう手段もあるのか!と知り、少し考え、両親に相談してから卒業を1年延ばすことを決めました。トビタテの制度にはとても感謝しています。

インターンに向けて

冨田: そうなんですね。そうしてトビタテに合格し、無事インターンが決まったわけですね。

田村さん: はい。でもトビタテに受かった時点では、インターンをすることはまだ1年以上先の話であったし、8月から交換留学も控えていましたのでそこまで具体的な活動内容は決まっていませんでした。そもそも、ホンジュラスの現地NGOにどんな楽器があるのかも分からなかったです。アメリカに留学中にメールで現地の方と連絡を取ろうとしたんですが、なかなか返事が来なくて(笑)。先生にも相談したら、米国留学中でもできることを考えようとなり、日本の小・中学生のほとんどが吹いたことのあるリコーダーを集めたらどうか、という話になりました。すぐFacebookで宣伝し、2カ月で20本のリコーダーを集めることができました。こういった感じで、留学中であっても、準備できることは少しずつ準備していましたね。
アメリカでは、もともと経済学に興味があって、より深く学びたかったので、各学期に1つずつ経済学の授業を取りました。それに加えて、スペイン語や音楽の教授法の授業を取りました。私が取った音楽の教授法は、初等教育の音楽の教え方の授業でした。日本で音楽の授業というと、合奏でも座学でも割としっかりやるというか、きっちりした授業だと思うんですけど、アメリカでは少し違って、身近なものと音楽を結び付けた授業をするんです。例えば、子供たちに絵本を読みながら、所々ストーリーにあった楽器を演奏したり、強弱やテンポを表現したりだとか。お菓子の缶などで楽器を作って、演奏したりもしました。この授業は、ホンジュラスで活動する上でとても勉強になりました。(米国留学の詳細はこちら【〔留学だより〕アメリカ・フロストバーグ州立大学(トビタテ第1期派遣留学生)】

ホンジュラスでの3カ月間

WWP冨田: 国によって授業の仕方に違いがあるのですね。そして、いよいよインターンが始まったわけですが、ホンジュラスではどのような活動をしたのか、教えてください。

田村さん: インターンといっても、私のホンジュラスでの活動は、インターンとボランティアの間のような感じです。受け入れ先機関であったNGOが運営しているマジックスクールという学校で、3カ月間、子供たちに音楽を教えていました。着いてしばらくは、学校にある楽器を試しに吹いてみたり、どの曜日、時間に何の授業をやるのかをプランニングしてました。現地の小・中学校では、学年ごとに授業をする時間が違うので、丸1日かけてそれを調べたりもしました。最終的に、日本やアメリカにいる友人に寄付して頂いたリコーダーと、あとトランペットを教えることにしました。大体やる内容が決まったら、次はポスターを作って、アナウンス作業。そんなところからでしたね。土曜日にポスターを貼って、月曜日がいよいよ最初の授業で。まだポスターも貼ったばっかりだし、初めはみんながちゃんと来てくれるか心配だったんですけど、たくさんの子が来てくれました。
けれど、授業をしているうちに、ホンジュラスならではの事情もでてきました。実は、ホンジュラスの子供たちの中には、家のお手伝いがあったりして、授業中でもお母さんに呼び出されて帰っちゃう子もいたりするんです。なので、時間は決まってはいたけれど、お昼以外はいつでも受けに来ていいことにしていました。そのこともあって、子どもによって受けに来る頻度も違うので、上達のレベルに差が出てきてしまうんです。なので、この子はここまで覚えた、この子はここまで、って私自身が把握する必要があり、それが大変でしたね。それと、私がいなくても子供たちが自分たちで練習できるように、単に楽器を教えるだけでなく、音符などの楽典も教えていました。4年生くらいから中学生までに、音の種類や長さをフラッシュカードを使って教えました。

冨田: インターン中、苦労したことは何ですか。

WWP田村さん: そうですね。ホンジュラスの子供たちは、集中力があまりなくて、練習していても、すぐに飽きて帰ってしまう子が多かったんです。なので、どうしたら5分でも長く座ってもらえるんだろうと考えて、教室を出て、気分転換に外で楽器を吹いたりもしました。
それと、ホンジュラスでは大人たちが子供に対してあまりいい扱いをしていないようで、自分に自信がない子が多くて。リコーダーもやる前から吹けないって言ってくる子もいて、それもすごく悩みました。でもあるとき、褒めたらすごくうれしそうな顔をしたので、これだ!と思い、そこからとにかく、子供たちが小さなことでもできるようになったら、彼らを褒めるということを心がけました。子供たちと真剣に向き合い、彼らのことを深く知るきっかけになりましたね。

冨田: 逆に、嬉しかったりやりがいを感じたことは何ですか。

田村さん: 最後にみんなで行ったファイナルコンサートですね。みんな3カ月ですごく上手くなって。ホンジュラスに来た当初から、練習の成果を形にできればと思っていて、学校で小さいものではあったけれど発表会を開くことができました。人前で演奏するのがよっぽど緊張したのか、子供たち一人ひとりが違う曲を吹く予定だったのを、当日になって「みんなで一緒に吹くことにしたい」って言われたときは驚いちゃいましたけど(笑)。私は裏で聞いていたんですけど、涙をこらえずにはいられませんでした。
あと、私はホンジュラスで誕生日を迎えたんですが、普段忙しいNGOの代表の方が、ケーキを用意してくださって、子供たちとお祝いしてくれたことも印象深いですね。音楽の授業で誕生日の歌を教えていて、それをみんなが演奏してくれたのは嬉しかったです。そして何より、毎日毎日が楽しかったです。最後の1カ月は、日が暮れても、子供たちとたくさん遊んでいました。最初は全然しゃべってくれなかった3歳くらいの子が、私の帰国が近づく頃にはたくさん話すようになって、子供たちの成長の大きさを肌で実感しました。

WWP

冨田: 交換留学とインターンを通し様々な経験をされたと思いますが、今後の目標や目指すものを教えてください。

田村さん: 正直なところ、悩んでいます。でも、ホンジュラスでの活動を通して、教育の問題が目に見えてきて。私が過ごした小さな村は、学校に行かない子がとても多かったし、先生の低賃金問題もありました。そういった問題を実際に見たなかで、今までは全く興味がなかった教育について、もっと学びたいと思うようになりました。来年の夏にまたホンジュラスに行く予定なので、今度はもう少し踏み込んだことができるように、スペイン語の勉強にもさらに力を入れていきたいと思っています。
就職についてですが、日本で幼児・初等教育について関われるところに興味があるけれど、なかなか自分の興味にあった所を探せていません。また、教育以外にも興味がある分野もあります。卒業を1年延ばしたので、就職についてはじっくり考えていければいいかなと思っています。

冨田: 先ほど、今までは教育について全く興味がなかったとおっしゃっていましたが、教えるにあたって不安などはなかったのですか。

田村さん: これまでに音楽を教えた経験はなかったのですが、不安はそこまでありませんでした。音楽を教えるということ自体は、私の活動の大部分を占めていたのですが、子供たちの音楽能力を単に向上させることが本質的な目的ではありませんでした。音楽を教えることを通じて、ホンジュラスの人々や彼らの生活、経済・社会状況を自分の目でしっかり見て考えるということが、私なりのアプローチの仕方でした。なので、授業であまりうまくいかなくても、「次は違うやり方をしてみよう!」とポジティブに考えながら、子供たちに教えていました。

冨田: そうなんですね。事前に田村さんのプロフィールを拝見させていただいたのですが、交換留学とホンジュラスでのインターンだけでなく、語学留学やメキシコ経済省駐日代表部でのインターンなど、すごく色々なことをやられているんですね。びっくりしました。

田村さん: いやいや、本当にそんなことないですよ(笑)。ただ、自分がやりたいと思ったことは行動に移しているということなのかもしれないですね。そのために何が必要でどうするべきなのかを考えるのは、自分の頭の中だけじゃ限界があるので、人に相談したりして。たくさんの人の支えがあって、やりたいと思ったことができているので、家族や友人、先生方など周りの人には本当に感謝しています。

「挑戦」する気持ち

冨田: 最後に、この記事の読者に伝えたいことはありますか。

田村さん: どんなに小さなことにでも、「挑戦」してほしいですね。このことは、ホンジュラスでの活動を通して、改めて感じました。みなさんの中には、興味はあってもなかなか踏み込めないことが多いのでは、と思います。でも、最初の一歩を踏み出すことを恐れないでほしいです。そして、小さな成功体験が次の一歩を踏み出す勇気にもつながります。もちろん失敗することもあるし、私自身もたくさん失敗しましたが、失敗あってこその成功です。そして、最終的にその「挑戦」を決断するのは自分自身なんです。なので、自分を信じて前に進むこと、「挑戦」することだと思います。

[インタビューを終えて]

WWP今回のインタビューを通して、田村さんは何事もプラスに考えることができる方だという印象を、強く受けました。やる前から色々と考え込まず、まずはやってみる、という姿勢はこれまでの田村さんの経歴にも強く現れていると思います。私たちも田村さんのように、挑戦する気持ちを一番に持つことが大切だと感じました。

 

RDS WWPRDS Web ライタープログラムの略称です。


取材・構成: 冨田真帆(国際地域学科1年)
編集: 久松佳彰(国際地域学部教員)