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〔留学だより〕フィリピン大学

English (TOYO Global RDS)

フィリピン大学(フィリピン)に留学中

フィリピン大学に留学中の高松宏弥さん(国際地域学部国際地域学科3年)、渡邊賢治さん(国際地域学部国際地域学科3年)より、留学生活を報告するお便りが届きましたので、ご紹介いたします。

高松宏弥さん(国際地域学科 3年)

フィリピン大学私は現在、フィリピン国内に10のキャンパスを有する国立大学であるフィリピン大学に留学しています。
前セメスターはフィリピン大学セブ校、現在は旧首都ケソン市に位置するフィリピン大学ディリマン校に在籍しています。

セブ校がフィリピン大学の中でも一二を争う小規模校であったのに対し、ディリマン校は東京ドーム約100個分の広大な敷地を誇る総合大学です。
キャンパスには食堂や寮はもちろんのこと、「サリサリストア」と呼ばれる小売店(日本でいうコンビニエンスストアのようなもの)があちこちに散在しています。
さらに驚いたことに、フィリピンの主要な交通手段のひとつであるジープニー(乗合タクシー)が授業の移動などのためにキャンパス内を走っているなど、まるでひとつの街のようです。

フィリピン大学はフィリピンを代表する国立大学であるため、他の有力私立大学とは異なり、タガログ語で開講されている授業が多いのが特徴です。
私が受けている授業は英語で行われるものですが、英語で開講されている授業であっても、フィリピン特有の「タグリッシュ」(タガログ語と英語が混ざった語)が混じる先生もいて、はじめのうちは戸惑う場面も多々ありました。
それでも滞在10ヶ月を超えた現在では、自然と理解できるようになりました。

ディリマン校にはアジアやヨーロッパから集まった留学生が約80人在籍しており、そのうち日本からの留学生は30人ほどです。
一緒にホームステイをしている日本人大学生やホストシスター、日本の他大学からタガログ語を学びにきた留学生たちや、日本語習得をめざすフィリピン人など、多様な人々に囲まれ、彼らの勉学に励む熱心な姿勢に刺激を受ける毎日です。

授業は平和・紛争学や地域開発学、能楽を学ぶ日本学や合唱、フィリピンの英雄であるホセ・リサールについて学ぶ授業など、自分が興味のあるものを分野を問わず幅広く受講しています。
特に平和・紛争学の授業では、フィリピン国内におけるミンダナオ紛争についてや、第二次世界大戦の第三世界の視点からの考察など、フィリピン留学ならではのアプローチで学んでいます。
もともと戦争や紛争について興味があった上、卒業論文のテーマ決定や資料集めを念頭において留学していることもあり、このような形で直接的、体系的に学ぶことができる機会は、非常に有意義なものとなっています。

能の舞台 合唱の演奏会
(写真左:日本学の授業で参加した能の舞台後  写真右:合唱の授業で参加した演奏会)


留学当初は、文化の違いや「フィリピノタイム」と呼ばれる独特な時間の流れなどに困惑し不安を感じたり、海外長期留学ゆえの悩みを抱えて苦しんだこともありましたが、フィリピンの人々の温かさ、そして掛け替えのない友人たちの支えが、私をひとりの人間として成長させ、逆境に打ち勝つ強さを与えてくれました。 

東洋大学国際地域学部に入学する以前は、英語での日常会話でさえままならなかった自分がまさか海外へ、そしてフィリピンへ留学するとは思ってもみませんでした。
そんな自分にフィリピン大学で学ぶに至るきっかけを与え、手続きやケアにご尽力下さったマリア・バレスカス先生(東洋大学国際地域学部国際地域学科 教授)や、留学生活を気遣って下さった久松佳彰先生(同 国際地域学科 教授)、セブでお世話になった眞子岳先生(同 国際地域学科 助教)をはじめとする諸先生方、そして国際地域グローバルオフィスや国際センターの皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです。
この気持ちを胸に、自分の夢や目標の実現に向けて、残り僅かとなった留学生活を悔いのないように過ごしていきたいと思います。

セブの海にて ホストファミリーと
(写真左:セブの海にて  写真右:ホストファミリーと)


国際地域学科3年 高松宏弥
(留学期間:2013年4月〜2014年3月 フィリピン大学)


渡邊賢治さん(国際地域学科3年)

フィリピン大学2私は現在、フィリピン大学に留学中です。フィリピン一の学校という最高の環境で学ぶ機会を頂けたことに日々感謝しながら留学生活を送っています。
留学先にフィリピンを選択したのは、元々、自分の生まれた国の大学に通ってみたかったということと、英語を学べる環境であるという理由からです。

留学して半年の間はセブ島にあるフィリピン大学セブ校に、その後の半年間は、マニラ首都圏ケソン市のフィリピン大学ディリマン校へ移って学ぶという少し変わった計画のもと、昨年の4月に成田を発ちました。

タンクトップにショーツ、サンダル。常夏の国“フィリピン”での生活は、そんな軽装が基本です。
こちらでの生活は、最初から日本と大きく違いました。
まだ4月だというのに起きればすでに灼熱の太陽に熱されていて、ああここは日本じゃないんだという実感とともに目を覚まし、寝ぼけながらシャワーを浴び、服を着替え、バックパックを背負い、8ペソを手に握りしめながらジープニー(乗り合いタクシー)に乗り込んで学校へ向かう、という毎日でした。

そしていざ人と英語でコミュニケーションを取ろうとしても、現地の訛りに慣れるまでは大変でした。
たとえばフィリピンでは、"Sir"を”セール“と発音します。何も知らずにフィリピンへ渡ったため、毎日、初めて知ることの連続でした。

セブ校での留学生活が始まって、一番驚かされたのは学生たちの勉強への姿勢でした。求められたものを即座に答えられるし、自発的な発言も積極的で、熱意と能力の高さをひしひしと感じました。流石はフィリピンでトップを誇り、多くのエリートを輩出する学校というだけはあると圧倒されました。

また、皆とても日本を好いてくれているということが今でも強く印象に残っています。
私が日本人だと知ると必ず、たどたどしい日本語で「こんにちは」と言ってくれました。日本の事を興味深く聞いてくれ、震災の影響についても、2年以上経っていても親身に心配してくれる。そんな彼らのおかげで、私もさらに日本を好きになれたような気がします。

英語だけでなく、彼らからは学生としてあるべき姿や人間性も学ぶことができました。

Japan Night バレスカス先生と
(写真左:日本人留学生主催のJapan night  写真右:バレスカス先生のご自宅で)


セブでの半年が終了し、次はディリマン校での留学です。
これはこれで、またセブとは大きく違い、再び驚きと混乱が待ち受けていました。
モールの数が違えば、交通量も違うし、人もなんだか忙しそうにしている。都会らしい風景が広がっており、都市部ではやはりどこの国でもこうなのかと思いました。
またディリマン校はとにかく面積が広いことで知られており、ジープニーでなければ校内の移動もままならないほどです。

そして授業では、なんといっても宿題の多さに毎度驚かされます。それに加えて、多いと週に3つテストがあります。ついていくだけでも必死ですが、学生は皆、誇りを持って勉学に励んでいます。

留学で何が変わったか、留学から何を得たかなど、今はまだはっきりと分かりません。
哲学者フランシス・ベーコンが言うように、“By far the best proof is experience(何にせよ最上の証明とは経験である)”なのでしょう。難しいことは考えません。あと2か月、こちらでやりきるだけです。
ここでの”経験“を”証明“として日本に持ち帰ることが出来ればと思います。

セブの風景

 
国際地域学科3年 渡邊賢治
(留学期間:2013年4月〜2014年3月 フィリピン大学)


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