1. トップページ >
  2. 国際地域学部 >
  3. グローバル人材育成プログラム >
  4. 学生の声:[国際地域学科] 日本語パートナーズ インタビュー

学生の声:[国際地域学科] 日本語パートナーズ インタビュー

English (TOYO Global RDS)

[国際地域学科] 日本語パートナーズ インタビュー

学生 東洋大学 国際地域学部 国際地域学科 4年
佐藤侑大(さとう・ゆうだい)
教員 東洋大学 国際地域学部 国際地域学科 教授
松丸亮(まつまる・りょう)
学生 東洋大学 国際地域学部 国際地域学科 3年
天野綾花(あまの・あやか)
学生 東洋大学 国際地域学部 国際地域学科 4年
高山あやな(たかやま・あやな)

日本語パートナーズ

国際交流基金による"日本語パートナーズ"派遣事業は、ASEAN諸国の中学校や高校で、日本語教師や生徒のパートナーとして、授業のアシスタントや日本文化の紹介を行うプログラムです。国際地域学部国際地域学科4年の佐藤侑大さんは、日本語パートナーズ・タイ3期として2015年8月から2016年3月までタイ東北部ブリラム県に派遣されていました。

国際交流基金の「日本語パートナーズ」サイトでも紹介されました (外部リンク)

今回は松丸亮先生にご協力いただき、インドネシア5期として派遣予定の私、高山あやなとインドネシア6期として派遣予定の天野綾花さんが、活動内容や帰国後の心境の変化、関心を持つ人へのメッセージなどについて佐藤さんにお話を伺いました。


日本語パートナーズ松丸先生: 佐藤君おかえりなさい。タイではずいぶんと頑張っていたみたいですね。今日は、日本語パートナーズの後輩にもなる高山さんと天野さん、そして、これから日本語パートナーズに参加してみようと考えている皆さんに向けて、佐藤君の体験などを披露してもらおうと思っています。

では、はじめに、苦労したこと・嬉しかったことから聞いていきましょう。まず苦労したことはなんですか。

佐藤さん: 派遣されたのがPrincess Chulabhorn’s College Buriramという学校で、理科に重点を置いている学校だったので、生徒たちは科学プロジェクトや実験などで放課後も毎日忙しそうでした。日本語はあくまで副専攻だったので、生徒たちのことを考えると、最初のうちは日本語を教えることを遠慮してしまい、教えたいけど教えられない、というギャップで苦しみました。また、カウンターパートの日本語の先生(以下CP)は、ほとんどタイ語しか話せなかったので、自分のタイ語が上手になるまではコミュニケーションをとれず、信頼関係を築くことが難しかったです。最初の1カ月はやりたいこともできない状態だったし、日本語を教えても生徒たちの為になっているのかが分からず、辛かったですね。

高山: どのように対処したのですか。

佐藤さん: まずはCPの先生とコミュニケーションがとれないとだめだと思い、放課後は毎日必ずタイ語を勉強しました。日本語の授業の教室は自由に使えたので、そこでずっと勉強をしていました。1カ月後、CPの先生に「タイ語が上手くなったね」と褒めてもらい、さらに先生のほうから日本語とタイ語の交換レッスンの提案をされたときは、なんだか心を動かせたような気がしました。

松丸先生: 嬉しかったことはなんですか。

佐藤さん: これは苦労したこととつながるのですが、最初の1カ月はタイ語も話せない、日本語教育の知識もない、という状況だったので、自分がいる意味があるのか、生徒たちの負担になっていないか、ということがとても不安でした。でもある日の授業で、「好きな科目は何ですか?」という文法を教えたときに、自分が担当していたクラスの生徒全員が「日本語」と言ってくれたんです(筆者注:佐藤さんは全部で21のクラスを担当していました)。それにはすごく助けられました。この1か月やってきたことは間違っていなかったのだと分かり、これからも生徒たちの為に頑張ろうと思えました。

日本語パートナーズ 日本語パートナーズ
左: ソンクラーン(タイの旧正月)、右: 学生服を着て

松丸先生: では、どのように日本語パートナーズを知ったのか、なぜ応募したのかを教えてください。

佐藤さん: きっかけは、フィリピンでのフィールドワークです。毎年夏休みに行っているのですが、4回目の渡航の時にたまたま子どもたちに日本語を教える機会があって。そのとき直感で、これが自分のしたいことだ、と思いました。そこで日本語教育に興味を持ったので、3年の後期に村田由美恵先生(国際地域学科 講師)の日本語教育の授業を受講しました。村田先生と話をする中で、日本語教師ってすごくかっこいいなと思って、インターネットで調べていて日本語パートナーズの募集を見つけたんです。派遣先もなじみのあるフィリピンでしたし、締め切りも一週間後だったので、応募すれば間に合ったのですが、その時は自分に自信がなく受かるとも思わなかったし、踏ん切りがつかず、結局応募はしませんでした。それから就職活動を始めて、企業を見たり自己分析をしたりする中で、やはり自分がやりたいことは日本語教育なのではないかと思うようになりました。その頃、ちょうどタイとインドネシアに派遣の募集があったので、これで挑戦して合格しなかったら就活しようという気持ちで、募集人数が少ないタイに応募しました。合格したときは本当に驚きました。

松丸先生: 試験はどのようなものでしたか。

佐藤さん: 書類と面接です。現地のパートナーになるということなので、現地の人や環境にうまく対応できるか、というところがポイントだったと思います。

高山: 私もそう感じました。面接では、現地で実際に起こり得るシチュエーションで、あなたならどう対応しますか?という質問が多かったです。

高山: では派遣中の活動について伺いたいと思います。1日のスケジュールはどのようなものでしたか。

佐藤さん: 学校の寮に住んでいたので、朝から晩まで生徒たちと一緒に生活していました。授業は必修を週16コマ持っていたので、1日3~4コマ担当していました。その他にも、日本語クラブや選択クラス、放課後の特別クラスも受け持っていました。これは、他の学校のパートナーズと比べても忙しかったかもしれないです。授業がない時間には、次の授業のための準備をしていました。

高山: どのようなことを心がけて活動しましたか。

佐藤さん: 日本語の授業では、"発見"をテーマにしました。ただ日本語を教えるのではなく、生徒が日本の文化を発見したり、興味を持ったりできるような工夫をしました。たとえば、タイは本名とは別にチューレンというあだ名のようなものがあるので、それをもとに日本語の名前をつけてあげました。授業中も積極的にその名前を使うようにすると、クラス中が盛り上がるというか、湧き上がるんです。このアイデアはすごく良かったなと思いました。他にも、村田先生の日本語教育の授業とコラボレーションして、東洋大生と日本語クラスの生徒たちで、年賀状とビデオメッセージの交換をしたりもしました。

日本語パートナーズ 日本語パートナーズ

天野さん: 現地に持っていって役立ったものは何ですか。

佐藤さん: 写真です。日本の風景の写真だったり、友達や家族の写真だったり。先生や生徒に見せるととても盛り上がりました。あとは、自分一人でもできる日本文化紹介のネタや、生徒と楽しめる日本語のゲームを準備してから行きました。私は、剣道部だったので、剣道の振りを教えました。ゲームはフルーツバスケットやたけのこニョッキなどをやりました。

高山: ルールは日本語で教えたのですか。

佐藤さん: あらかじめ用意していた動画と、ジェスチャーを交えてやり方を説明しました。久松佳彰先生(国際地域学科 教授)から派遣前に、プランAを用意するなら、BとCも用意しておきなさいと指導されて、それを守っていたらうまくいきました。実際タイでは、急に一人で授業をすることになったり、一生懸命準備していても突然授業がなくなったり、本当に予期せぬことが多かったです。

高山: 派遣前と後で、心境の変化はありましたか。

佐藤さん: はい、ありました。このプログラムは、授業に携わって先生や生徒のパートナーになることが目的であって、目に見える成果を残せるものではないので、最後まで何かを成し遂げられたのかは分かりませんでした。でも生徒から「先生は私にとって世界で一人の日本の先生です」「先生のことは忘れません」という言葉をもらって、また帰国する自分のために泣いてくれる生徒もいて、少なからず心に残る存在になれたのだと思いました。今までそういう経験がなかったのですごく自信になり、自分でも誰かのために何かができるのだということを学べました。

松丸先生: 佐藤くんは確かに、一皮むけたという感じで、雰囲気が大人になりましたね。

佐藤さん: 本当ですか。確かに毎日教壇に立つので、度胸がつきましたし、自分に自信を持てました。

日本語パートナーズ
担任のクラスの生徒と

天野さん: この経験をどのように生かしていきたいですか。

佐藤さん: 今までは大学の先生方や友達など、誰かに影響されて、支えられながらやってきたけど、この経験を通して、CPの先生や生徒たちの心を動かせたと思っているので、これからは自分が誰かに影響を与えたり、支えになったりしてあげられるような存在になりたいです。

松丸先生: 日本語教師の資格を取ろうとは思っていますか。

佐藤さん: 今はまだ予定はないですが、いずれは取りたいと思っています。日本語教育は、教師になるためだけではなく、その知識自体が役に立つと思います。海外の友達や、タイの生徒たちに日本語を教えるということはこれからもずっと続けていきたいです。

天野さん: 日本語教育と関連のある仕事を考えていますか。

佐藤さん: 今のところは、日本語教師になって日本語を教えるというよりは、今までの自分みたいに一歩踏み出せずにいる人の背中を押してあげるようなことをしたいと思っています。現地でCPの先生や調整員の方などいろいろな人と協力して活動してきたので、海外のどこか、特に東南アジアで、現地の人と協働できる仕事がしたいです。

天野さん: では最後に、日本語パートナーズに挑戦しようと思っている人へのメッセージをお願いします。背中を押してあげてください。

佐藤さん: 日本語パートナーズは本当に良いプログラムです。周りに現地の人しかいないので、その地域の文化にどっぷりはまることができます。日本語や日本の文化を伝えたいという人はもちろんですが、逆に自分がその国のことを教えてもらう機会もすごく多いので、東南アジアの文化を知りたいという人がいたら、挑戦してほしいです。私にとって人生の糧というか、道しるべになったプログラムなので、ピンと来た人がいたら、臆せず、チャンスを逃さず、挑戦してほしいです。辛いこともたくさんありますが、人との出会いは本当に大きいです。どんなことがあっても可愛い生徒たちの姿を見ていると頑張れます!

日本語パートナーズ

インタビューを終えて

「自分でも誰かのために何かができる」と力強くおっしゃっている佐藤さんのお話から、日本語パートナーズの活動が、本当に貴重なものだったのだということが伝わってきました。タイでの先生方や生徒たちとの出会いはとても素敵なことだったのだと思います。インタビューを終えて、私もインドネシアへの出発がますます楽しみになりました。
(高山あやな)

日本語パートナーズ 日本語パートナーズ
左: 高山さんに届いた年賀状、右: 高山さんのバディ


【学生の声】トップへ