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第4回 国際PPPフォーラム 「2010年代のPPP」を開催

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執筆:4期生 増井 玲子

2009年11月30日(月)、東洋大学白山キャンパス井上円了ホールにおいて、「第4回 国際PPPフォーラム 2010年代のPPP ~市民・市場・政府の役割の再起動~」を開催いたしました。歴史的な政権交代があった今年の政局に合わせ、これからのPPPの在り方について、世界の先進事例を学びながら考える貴重な機会となりました。
stage冒頭の挨拶で、塩川正十郎東洋大学総長は、日本の新しい統治システム構築の必要性について言及しました。「地方分権が言われているが、自分たちの事は自分たちで、身近なことは自分たちで行なうということがPPPの精神であり、民間でやれることは民間にまかせていくべきである。PPPを進める事が独立自治を進める根源となる」と語りました。
基調講演者の一人目は米国サンディ・スプリングス市のシティ・マネージャーであるジョン・マクダーナ氏でした。10万人の都市を4人の職員で運営する市として誕生してからシンポジウム翌日でちょうど5年目を迎える歴史的な日に、委託サービスの具体的な経費を示しながら、いかに低コストで顧客満足度の高いサービスを実践しているのかを詳しく説明しました。
このプロジェクトは民営化と思われがちですが、あくまでもアウトソーシングであること、サービスの質を維持する為の契約におけるKPI(重要成果指標)の設定や、市、議会の役割、民の責任などを明確にしていることも示されました。audience
二人目の講師は、フランスPPP協会のエグゼクティブ・ディレクターであるピエール・ヴァン・デ・バイバー氏でした。フランスのPPPの始まりはフランス革命にさかのぼることなどフランス型PPPが歩んできたその道のりと現在の取組みを詳しく語りました。
コンセッション契約は民営化とアウトソーシングの中間型、開発系のPPPであること、現在約2万本の契約が成立していること、その特徴は長期契約であること(最も長いものは90年契約もある)に言及して、フランス型と日本のPPPを比較しながら、今後のわが国での留意点なども示しました。
最後のパネルディスカッションでは、サンディ・スプリングス市の生みの親であるオリバー・W・ポーター氏が、市誕生の経緯や成功させたポイントとともに、日本でも1千億ドル(8~9兆円)規模のPPP市場が存在すると指摘しました。
続いて、多摩大学の趙佑鎭准教授より、韓国の長城郡について紹介がありました。本邦初公開の事例です。長城郡は、「株式会社長城郡」と呼ばれる徹底した民間の経営マインドで自治体改革を成功させ、韓国で知らない人はいないとまで言われるようになりました。同市には多くの先駆的な試みがありましたが、そのイノベーションの中核にあったのは、教育の重視、長期的な視点にたった人づくりの思想と実践であっったこと、群守が変わっても創始者の思想が継承・実践されていることが紹介されました。
根本教授は、わが国では今年政権交代があったが、欧米諸国の歴史から学ぶべきことは、もはや大きな政府か小さな政府か、あるいは右派か左派かなどの議論は必要がなく、現在の日本にとって唯一の選択肢がPPPであること、少なくとも大きな政府には絶対に戻さない国民の決意が必要であると指摘しました。
その後会場から寄せられた質問を中心にディスカッションが行なわれました。
PPPの実践に関わる具体的な内容が多くありました。田渕教授の進行のもと、より深く具体的な話しが飛び交い、実りあるものとなりました。
無事終了し、その後ポーター氏による出版記念サイン会が行なわれ、長い列に関心の高さが伺えました。
*サンディー・スプリングス市の誕生から運営の記録は、書籍『自治体を民間が運営する都市~米国サンディ・スプリングスの衝撃~』(時事通信社)に詳しく書かれています。