MENU CLOSE

歴代学長

  • English
  • 日本語
井上円了
館主■1887(明治20)年9月-
初代■1904(明治37)年4月-1906(明治39)年1月
棚橋一郎
館主代理■1888(明治21)年6月-1889(明治22)年6月
1862(文久2)年、美濃国(岐阜県)に生まれる。東京大学和漢文学科卒。教育家で郁文館の創設者。円了のよき友で「哲学会」の創設や<哲学会雑誌>の発行、政教社の活動、哲学館の創設にも協力した。
前田慧雲
2代■1906(明治39)年2月-1914(大正3)年7月
1857(安政4)年、三重県に生まれる。仏教学者、文学博士。円了の意志を継ぎ哲学館大学を東洋大学と改称、私立東洋大学財団を組織し、教員無試験検定の再認可の取得などに力を尽くす。碩学で特に天台研究に功績を残した。≪前田慧雲全集≫(8巻)がある。
大内青巒
3代■1914(大正3)年7月-1918(大正7)年6月
1845(弘化2)年、宮城県に生まれる。仏教学者。井上円了、島地黙雷、前田慧雲らと尊皇奉仏大同団を組織する。学長在任中には、専門学校令による大学に日本教育史上初めて女子の入学を許可した。著書は≪日本仏教史略≫≪仏教の根本思想≫≪参禅道話≫等多数ある。
境野 哲
4代■1918(大正7)年6月-1923(大正12)年6月
1871(明治4)年、宮城県名取郡に生まれる。号は黄洋。哲学館に学び、仏教史家・仏教運動家として多くの著作がある。文学博士。新仏教徒同志会の中心メンバーとなり、≪新仏教≫を発刊する。1918(大正7)年、初の本学出身者学長として第4代学長に就任し、文化学科・社会事業科を設置した。しかし、1923(大正12)年の学内紛擾の一方の当事者でもあった。
岡田良平
5代■1923(大正12)年8 月-1924(大正13)年6月
1864(元治元)年、静岡県に生まれる。一高教授から文部省に入り、京大総長、文部大臣等を歴任。本学顧問として教育の発展に尽くし、1923(大正12)年の事件により境野学長退任の後を受け、第5代学長に就任する。一年足らずで文部大臣就任のため辞任した。
中島徳蔵
6代■1926(大正15)年2月-1928(昭和3)年3月
7代■1929(昭和4)年9月-1931(昭和6)年7月
1864(元治元)年、群馬県に生まれる。学長事務取扱の期間を含め、1924(大正13)年から1931(昭和6)年に至る2期6年学長の職にあり、とりわけ大学昇格に尽力した。そのほか、図書館・3号館を建設し、さらに神道講座を開設するなど、本学の発展に尽くした。著書には≪倫理学概論≫≪倫理学講義≫など多数ある。
高楠順次郎
8代■1931(昭和6)年7月-1934(昭和9)年7月
1866(慶応2)年、広島県に生まれる。仏教界の世界的権威者で、日本のインド学・仏教学を世界的水準に発展させた。文学博士。長年本学の顧問でもあった。講堂の建設に尽力し、財政的危機に苦慮したのち学長を辞任。
藤村 作
9代■1934(昭和9)年7月-1937(昭和12)年7月
1875(明治8)年、福岡県に生まれる。国文学界の権威として活躍し、本学の理事・維持員の要職を歴任した。文学博士。学長時代は講師制度を設け、これまで全教員を教授と称していたのを、教授と講師とに分けた。また教授会を確立し、学生課を独立させるなど機構改革を行った。
大倉邦彦
10代■1937(昭和12)年7月-1940(昭和15)年6月
11代■1940(昭和15)年7月-1943(昭和18)年6月
1882(明治15)年佐賀県に生まれる。社会思想家・実業家で、大倉精神文化研究所を設立した。大学経営の立て直しのため財界から迎えられた。学制を改善し、新講座の開設と学術研究の充実を図り、大学の基盤整備を行った。
高嶋米峰
12代■1943(昭和18)年7月-1944(昭和19)年11月
1875(明治8)年新潟県に生まれる。哲学館出身、1896(明治29)年教育卒業。明治・大正期の仏教運動家。学園の戦時体制が強化される中で、勤労動員の実施、学徒出陣など非常事態に対処し、学園の経営、教育の刷新にも尽力した。
高島平三郎
13代■1944(昭和19)年11月-1945(昭和20)年7月
1865(慶応元)年生まれる。1903(明治36)年得業。明治・大正期の体育学・児童心理学者。1945(昭和20)年4月14日大空襲による被災、学徒動員出動式挙行等非常事態に対し、病床にありながら最善を尽くした。
橋本増吉
14代■1945(昭和20)年7月-1946(昭和21)年5月
1880(明治13)年長崎県に生まれる。東京帝大支那史学科卒業。東洋史学者、文学博士。1904(明治37)年得業。戦災に遭った学園の復興に尽くすとともに、文学部を五学科制に復し、戦後の学制の基礎をつくった。
藤原猶雪
15代■1946(昭和21)年9月-1948(昭和23)年3月
1891(明治24)年愛知県に生まれる。真宗大学、大谷大学卒業。仏教学者、文学博士。1947(昭和22)年、教育基本法・学校教育法が公布され、新制大学の発足に尽力するとともに、東洋大学再建協議会を招集して再建に努めた。
加藤虎之亮
16代■1948(昭和23)年3月-1949(昭和24)年9月
1879(明治12)年静岡県に生まれる。中国哲学者、文学博士。困窮する大学の再建に乗り出し、上福岡移転問題、校舎建設のための資金調達など、身をもって大学経営に当たる。戦後の新制大学への切換えを行い、その基盤をつくった。
小林啓善
17代■1949(昭和24)年10月-1952(昭和27)年5月
1902(明治35)年滋賀県に生まれる。1929(昭和4)年東洋大学支那哲学科卒業。文学博士。千葉新聞社社長、日本新聞協会理事等を歴任。第17代学長となり、1951(昭和26)年に理事長に就任。新制大学の発足に伴い、経済学部、短期大学部、教職課程、文経学部第2部、大学院文学研究科等の設置や、学校法人への組織変更を行うなど総合大学の基盤を作った。
加藤精神
18代■1952(昭和27)年5月-1955(昭和30)年11月
19代■1955(昭和30)年11月-1956(昭和31)年10月
1872(明治5)年愛媛県に生まれる。哲学館1949(明治24)年卒業。仏教学者、文学博士。大学院の設置、法学部第1部・2部、経営学科等を新設。大学院校舎、5号館の建設にも尽力した。
川西正鑑
20代■1957(昭和32)年5月-1957(昭和32)年12月
1897(明治30)年東京都に生まれる。経済学博士。獅子吼会との係争も和解が成立し、新体制で大学再建に乗り出す。学長と理事長兼任。財政窮迫の中で、5号館の建設、2部の経済学部を発足させるなど大学発展に努力したが、専教連事件によって1957(昭和32)年12月学長を辞した。
大嶋 豊
21代■1958(昭和33)年9月-1960(昭和35)年12月
1899(明治32)年香川県に生まれる。東大法学部卒業。1959(昭和32)年11月理事長、1960(昭和33)年9月第21代学長に就任。赤字財政から大学再建の時に迎えられ、経営の改善、テレビスタジオの設置と社会学部、同研究所の開設、工学部用地の購入等を行い、工学部設置の基礎を築いた。
佐久間 鼎
22代■1960(昭和35)年12月-1964(昭和39)年6月
1888(明治21)年千葉県に生まれる。東京帝大卒業。心理学者。文学博士。大嶋前学長の後を継ぎ、初の産学協同システムによる工学部の設置を実現する。そのほか、短期大学部、教育学科、法学部大学院博士課程、通信教育の国文学科開設、および姫路・南部の附属高校設置に尽力した。
矢野禾積
23代■1964(昭和39)年6月-1967(昭和42)年6月
24代■1967(昭和42)年6月-1967(昭和42)年12月
1893(明治26)年岡山県に生まれる。峰人と号した。京都帝大英文学科卒業。文学博士。詩人、英文学者で、比較文学研究の業績も多い。本学においては経営学部の設置、創立八十周年記念事業等に尽力、総合大学の基盤を整えた。
三野昌治
25代■1967(昭和42)年12月-1969(昭和44)年3月
1893(明治26)年東京に生まれる。京都帝大法学部卒業。法学博士。教養課程の川越移転問題、図書館・学生会館建設問題等の学内紛争に加えて、全国的な学園紛争の中で大学運営に挺身したが、1969(昭和44)年3月学長を辞任した。
磯村英一
26代■1969(昭和44)年6月-1972(昭和47)年5月
29代■1975(昭和50)年5月-1976(昭和51)年9月
30代■1976(昭和51)年9月-1979(昭和54)年9月
31代■1979(昭和54)年9月-1982(昭和57)年9月
1903(明治36)年東京に生まれる。東京帝大卒業。都市社会学の権威。文学博士。豊島・渋谷区長、東京都民生局長等の行政畑を歩み、東京都立大学教授を経て東洋大学へ。1969(昭和44)年6月第26代学長に就任。その後1975(昭和50)年から第29、30、31代学長に再選される。学園紛争の最中、学生会館問題に取り組む。朝霞移転以後の学園の改革にも貢献した。
堀 秀彦
27代■1972(昭和47)年7月-1973(昭和48)年8月
28代■1973(昭和48)年8月-1974(昭和49)年7月
1902(明治35)年石川県に生まれる。東京帝大哲学科を卒業。人生論に関する著書が多く、評論家としても活躍した。本学では、朝霞移転・授業料値上問題等に取り組む一方、学長の選任および選挙に関する規則を制定し、初の公選制学長となる。
西 忠雄
32代■1982(昭和57)年9月-1985(昭和60)年9月
1912(明治45)年4月東京に生まれる。東京帝大工学部建築学科卒業。工学博士。北海道大学、東京大学工学部教授を経て、1973(昭和48)年から本学工学部へ。前学長の後を受けて、朝霞校地・川越校舎の整備を行い、創立100周年事業および国際学術交流推進の基礎をつくった。
神作光一
33代■1985(昭和60)年9月-1988(昭和63)年9月
34代■1988(昭和63)年9月-1991(平成3)年9月
1931(昭和6)年10月千葉県に生まれる。1955(昭和30)年3月東洋大学文学部国文学科卒業。1961(昭和36)年3月大学院文学研究科博士課程満期退学。文学博士。1961(昭和36)年4月から母校に奉職。教学部長、文学部長を歴任ののち学長となる。1987(昭和62)年の大学100周年記念事業等に尽力、創立者の教育理念を再評価し、国際化、情報化社会における大学教育の21世紀への展望を示し、白山キャンパス再開発計画着手時の教学責任者として挺身した。また、対外的には全国の学生・生徒から「現代学生百人一首」を募る事業を100周年事業の一つとして実施し、多いに大学名をPRすることに貢献した。
菅沼 晃
35代■1991(平成3)年9月-1994(平成6)年9月
1934(昭和9)年4月群馬県に生まれる。1957(昭和32)年東洋大学文学部仏教学科卒業。1962(昭和37)年3月大学院文学研究科博士課程満期退学。文学博士。文学部長、大学院文学研究科委員長を歴任ののち学長となる。白山キャンパス第1期、2期工事のなかにあって、1991(平成3)年7月に大学設置基準が改正され、大学自らの責任において教育の目的・体制を決めていく必要に迫られる時代にあって「哲学をもった人間の育成」を目ざしてカリキュラムの検討など教育内容の充実に向けた大学改革に積極的に取り組んだ。
菅野卓雄
36代■1994(平成6)年9月-1997(平成9)年9月
37代■1997(平成9)年9月-2000(平成12)年9月
東京大学教授、工学部長を経て、1992(平成3)年、東洋大学工学部教授に就任。工学部長、学長を経て、2000(平成12)年-2004(平成16)年東洋大学理事長。文化功労者。専門は、半導体電子工学、ナノエレクトロニクス。
神田道子
38代■2000(平成12)年9月-2003(平成15)年9月
お茶の水女子大学文教学部教育学科卒業。東京大学教育学部研究生、(財)労働科学研究所などを経て、1972(昭和47)年より、東洋大学学文学部教育学科教員、2000(平成12)年9月より大学と短期大学の両方の学長に就任。
松尾友矩
39代■2003(平成15)年9月-2006(平成18)年9月
40代■2006(平成18)年9月-2009(平成21)年9月
専門は都市環境論、環境学。環境学に関する研究者として数々の社会的評価を受けた。また、国際地域学研究科の設置や、学部学科の新設・再編などを含む2009(平成21)年「5つの改革」推進を行った。
竹村牧男
41代■2009(平成21)年9月-2012(平成24)年9月
42代■2012(平成24)年9月-2015(平成27)年9月
43代■2015(平成27)年9月-
1975(昭和50)年、東京大学大学院印度哲学専修博士課程中退。文化庁宗務課専門職員、三重大学助教授、筑波大学助教授、教授を歴任し、2002(平成14)年より東洋大学教授、2009(平成21)年9月より同学長。