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創立125周年事業『グリム童話』刊行200年記念国際シンポジウム「グリム童話200年のあゆみ―日本とドイツの架け橋として―」が開催される

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2012年10月20日(土)、午後12時30分より白山キャンパス井上円了ホールにて東洋大学創立125周年事業『グリム童話』刊行200年記念国際シンポジウム「グリム童話200年のあゆみ―日本とドイツの架け橋として―」が開催された。

このシンポジウムは、ちょうど200年前にドイツで編纂されたグリム童話(正式名称『子どもと家庭のためのメルヒェン集』)が、どのように日本に浸透したのか、グリム兄弟を生んだ故郷ヘッセンとはどんなところなのか、グリム童話の挿絵など、グリムをさまざまな角度から検証するもの。
研究者、一般の方、学生、教職員など参加者は約500名。司会、通訳(ドイツ語日本語)は文学部の大野寿子准教授、法学部の田中雅敏准教授により行われた。

開始に先立ち、竹村牧男学長から挨拶が行われた。挨拶の中で竹村学長は、「本学が創立125周年を迎えた今年は、グリム童話刊行200年の年でもあります。本学そしてドイツにとって記念の年となる本年に開催されたこのイベントが、日本とドイツの学術交流の強い絆となることを期待します」と、本イベントが日本とドイツの学術推進の一端を担うことへの展望を語った。

続いて、ドイツ学術交流会(DAAD)東京事務所所長のホルガー・フィンケン氏より来賓の挨拶が述べられた。「東洋大学にとってもドイツにとっても記念の年である2012年にこのようなイベントが開催されることをたいへん嬉しく思います。本国ドイツで1932年に発足し、1978年以来東京に事務所を構えるDAADは、奨学金給付等様々な形で優秀な研究者の育成と日独の学術交流を支援してきました。このシンポジウムをきっかけに、東洋大学とドイツ学術交流会との今後の共同企画や交流が、ますます盛んになることを望みます。そして、このイベント参加者に、グリム童話についての新たな発見があることを願っています」と、本シンポジウムを通して多くの人が新たなグリム観を得ることへの期待を語った。

講演開始にあたり、文学部の大野寿子准教授により「グリムへのいざない」と題しグリム童話とグリム兄弟についての概要説明が行われた。「メルヘン」という語は、実はドイツ語の「メルヒェン」が語源であり、多くの日本人が抱いている「ふわふわした」「かわいらしい」「乙女チックな」イメージとは異なり、本来は「童話」「民話」「昔話」「笑い話」などを包括する「短いお話」を意味すること、グリム童話は創作童話ではないこと、グリム兄弟が大学教授だったことなどが解説され、基調講演やシンポジウムに向けての大きな足掛かりとなった。


基調講演の第一部は、ハルム=ペア・ツィンマーマン氏(チューリヒ大学教授)により、「マールブルク?「だがこの町自体はひどく醜い」―グリム兄弟と故郷ヘッセンとの相反的関わり―」と題し、グリム兄弟の故郷であるヘッセンという地が彼らに与えた影響について講演が行われた。

本学協定校でもあるマールブルク大学進学という節目を機に、家族の住む故郷を離れた経歴を持つグリム兄弟。そこに住んでいる間はいやな所ばかり目に付く平凡な空間も、いったんその地から離れ見知らぬ土地で新たな生活を送ってみるとだんだん懐かしくなり、生まれ育った故郷が客観的かつポジティヴに捉えられるのだという。つまり「故郷愛」は「遠さの現れ」であり「人間が人間らしく生きるための規範」をもたらすのだと。
「故郷を離れることで、生まれ育った場所の欠点が見えてくるというと同時に、ふるさとの素晴らしさや代えがたい点に気付くことがある。これは現代の学生にも通じることでしょう。グリム兄弟の場合、故郷とは単なる空間ではなく、そこに暮らした家族との絆であり、そこで培った学問であり人間関係そのものでした。」と述べた。故郷ヘッセンへの思いの再認識が、故郷で語り伝えられてきたお話の収集と保存という、グリム童話編纂のもともとの目的意識にも影響を与えたようである。


続く基調講演の第二部は、ベルンハルト・ラウアー氏(カッセル・グリム兄弟博物館館長)により、「文字から図像へ―19~20世紀における『子どもと家庭のためのメルヒェン集』挿絵の歴史―」をテーマにグリム童話の“挿絵”が担ってきた役割がスライドを使用し詳細に解説された。
刊行当初は、文字のみであったグリム・メルヒェン。そこに挿絵が加わることで、作品の世界観が国境をこえてより広くワールドワイドに伝わっていったという。ところがこの挿絵が施されたことで、もともと普遍的価値観をもっていたメルヒェンが、画家の想像力によって中世風の雰囲気を身にまとったり、郷土ヘッセンの風景が挿入されたりと、絵によるイメージの固定化と「郷土化」がおこっていったのだという。
とはいえ、「挿絵を見ることで当時の人々がどのような思想や宗教観を持っていたのかを知ることができます。グリム童話の挿絵が、当時の時代背景を読み解く重要な鍵であることは間違いありません」と、長い歴史の中で挿絵の担う役割とその意義について語った。

 

その後、「『グリム童話』研究がつなぐ過去と未来」をテーマとしたシンポジウムに移り、様々な側面からグリム童話を研究する日本の研究者によって講演が行われた。

関西大学の溝井裕一准教授は「メルヒェンの世界観・伝説の世界観 ―変身譚を中心に―」と題し、“変身”という事象をテーマにグリム童話と世界各地に伝わる伝説の共通点・相違点を読み解いた。「メルヒェン」は物語的で場所や時代が特定されないのに対し、「伝説」(グリム兄弟はメルヒェンだけでなく伝説も収集していた)では場所や時代がある程度特定されるのだという。動物や物への変身は、メルヒェンより伝説の方がより宗教性を帯びていることなどが説かれた。

また、武庫川女子大学の野口芳子教授は「明治期における『グリム童話』の翻訳と受容」をテーマに、明治時代に日本へ伝わったグリム童話が、最初はドイツ語から日本語へと直接翻訳されたのではなく、グリム童話の英語訳から和訳されたのだということが述べられた。当時の英国ビクトリア王朝では検閲もあったため、英訳の段階でグリム童話の細部が、「金」が「銀」へなどと、書き換えられていたのだという。文化的政治的事情と翻訳とのかかわりが、言語の細部に焦点を当てて解説された。

奈良教育大学名誉教授である竹原威滋氏は「『グリム童話』と比較民話学」と題してグリム童話と日本を含めた世界各国の民話・童話を比較し、それらの国境や時代を超越した共通点に言及。グリム童話の誕生により、ヨーロッパ各地で伝承文学の収集が盛んになり、その結果、いろいろな地域で似たような話が残っていることがわかった。それを分類し分析したことが、比較民話学の始まりであったとともに、柳田國男もグリム兄弟の民話収集の影響を受けていたことなどが説かれた。
「グリム童話をきっかけに世界の民話に親しんで欲しい。そして、そこにある楽しさや教訓、先人の抱いた平和への思いに子どもたちだけでなく多くの方々に触れて欲しい」という結びの言葉に、未来へつながるグリム童話のあり方の一つが提示されたようである。

 

シンポジウム終了後は質疑応答へと移り、会場からはグリム兄弟の歩んだ人生や童話作家であるデンマークのアンゼルセンとの関係についてなど多くの質問が寄せられた。

当日は、井上円了記念博物館にて行われていたグリム兄弟の足跡をたどるグリム兄弟博物館ミニ・コレクションでは、グリム童話のセレクト版である「小さな版」の1825年の初版本やユーゲントシュティール期の挿絵など貴重なコレクションが展示され、多くのシンポジウム来場者が足を運び、大きな盛り上がりを見せた。