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井上円了哲学塾 公開講座 第3回が開催されました

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E3「悩む力」

2013(平成25)年11月23日(土)16時20分より、白山キャンパス井上円了ホールにおいて、井上円了哲学塾のリーダー哲学講義の公開講座第3回が開催されました。

講師は、作家活動、テレビなどのコメンテーターとしても活躍されている、姜尚中聖学院大学全学教授。演題は、ご著書のタイトルでもある「悩む力」で、塾生・学生、及び一般の公開講座申込者で、聴講者数は約400名でした。

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熊本県出身である姜尚中氏は、自身の青春時代の思い出に触れながら、17歳のころは、深い霧の中の丸太の上を渡っているようなもので、その下は死の世界でもあった、しかし、その頃の「悩む体験」があってこそ、自身の著書の『悩む力』が生まれたと語られます。

姜氏の熊本の少年時代は野球少年であったそうで、夢はプロ野球選手、その夢が実現していれば、ここには居ないでしょう、とユーモアたっぷりに思い出を語られましたが、野球で身を立てるという夢が挫折し、その苦しみの中で、熊本に縁のある夏目漱石との出会いがあったと、回想されました。

姜氏は、夏目漱石は「悩む人」であり、その代表作でもある『こころ』は、もっとも読まれている大ベストセラーであり、これからさらに世界的な規模で読まれ続ける小説です、と断言されます。

姜氏は、漱石『こころ』の世界を丁寧に解説されながら、作品に登場する主人公の悩み-“迷える”人間像に深い意味がある、さらに、そういう悩みが哲学であり、その哲学は、誰かに語り継ぐことで、本物の意味があると指摘されました。そういう語り継ぐ行為が実践される場が本来の“大学”であり、漱石の『こころ』はそれを実践してみせた作品であると、静かな口調のなかで断言されました。

講演の後半、姜氏は、漱石の『こころ』とトーマス・マン『魔の山』との共通性を指摘され、『魔の山』に登場する“青年”が、ダボスのサナトリウムで“人々”からさまざまなことを学び成長してゆく過程を、『こころ』の“先生”と“私”の関係に准え、その類似性を指摘されます。姜氏は、その『魔の山』での“青年”の学びの時を“ダボス的時間”とされ、今は、スキルアップや実学が強く求められている時代だが、このような時代こそ、“ダボス的時間”-時間が止まり、その中でじっくり考え、悩み、そして成長することが大切だと力説されます。

漱石『こころ』に登場する青年の“私”が、“先生”として尊敬する人物が、青年の通う大学の教授ではないことや、トーマス・マン『魔の山』のダボスのサナトリウムこそが真の学びの場だと指摘されるところなど、姜氏の、大学の現状への批判と期待とが込められており、東洋大学井上円了哲学塾への熱い激励となった講演でした。

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 講演後の質疑応答では、塾生や一般からの質問に真摯に答えられ、その姿勢と表情は、テレビなどで伺われる姜氏そのものでした。静かな語りの中に、熱い志がひしひしと伝わってくる、まさに“ダボス的時間”そのものと言うべき90分の講演でした。