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東洋大学百人一首貴重書コレクション〔6月1日~7月31日〕

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百人一首貴重書コレクションについて

本学が所蔵する百人一首関係資料は国内でも有数のコレクションとして、日本の伝統文化を後世に伝える役割を担っております。1987年に創立100周年記念事業としてスタートした「現代学生百人一首」も毎年、新聞等のメディアに取り上げられ、社会的な評価を受けるようになりました。2017年には第30回を迎え、新たな伝統を次世代につないでいます。
本ページでは、百人一首および和歌のコレクションを中心に、華麗な絵巻や絵本、他に伝本を見ない孤本など、東洋大学附属図書館所蔵の百人一首に関わる貴重書の一部を2ヶ月ごとに更新しご紹介します。

百人一首貴重書 2018年度スケジュール

百人一首貴重書 2018年度掲載スケジュール [PDFファイル/78KB]

◆紹介文の引用元『東洋大学125周年記念事業図書館特別展示 デジタルパンフレット』はこちら

 

百人一首貴重書コレクション

1 百人一首

2 錦百人一首あづま織

3 百人一首図巻

4 百人一首像讃抄

5 小倉百首

6 小倉擬百人一首

 

百人一首貴重書の紹介

1 百人一首(ひゃくにんいっしゅ)

 

装訂/写刊/数量/大きさ

一組 3.9×2.6cm

刊年

江戸時代中期頃

外箱は桐箱(後誂え)、蓋の右肩と中央に「極珎品/百人一首 元禄頃丹緑版/歌留多一組」の墨書。梅・桃・桜花と尾長鳥をあしらった筥迫(はこせこ)に収納。料紙は厚手楮紙。かるたの四周に縁取(ふちどり)あり。読み札に丹緑彩色の歌仙絵、歌人名と上句を描き、取り札に散らし書きで下句を墨書。読み札は98枚、取り札は100枚で、筥迫片面の12仕切に13~18枚ずつ収納。天智天皇ほか7名に繧繝縁を配す。77崇徳院になく、89式子内親王にあるのは誤りで、2持統天皇は紛失して不明。なお、他の人物に畳はないが、65相模には描こうとした痕跡を留める。袖珍(しゅうちん)の本品は文字通り、殆ど現存を聞かない極めて珍しい遺品である。


百人一首


2 錦百人一首あづま織(にしきひゃくにんいっしゅあずまおり)

 

装訂/写刊/数量/大きさ

大本1冊 29.1×19.6cm

作者

勝川春章(かつかわしゅんしょう、1726-1792)画

刊年

安永4年(1775)刊

百人一首絵の版本としては代表的なものである。江戸時代における百人一首の流行ぶりを知る貴重な資料である。春章によって描かれた百人の作者たちの姿態は立ち姿も含めて、きわめて個性的である。春章は役者絵等の人物画を得意としたほか、有名な妖怪絵巻も描いており、江戸時代中期を代表する絵師。浮世絵勝川派の祖でもある。  

錦百人一首あづま織錦百人一首あづま織錦百人一首あづま織
錦百人一首あづま織錦百人一首あづま織錦百人一首あづま織


3 百人一首図巻(ひゃくにんいっしゅずかん)

  

装訂/写刊/数量/大きさ

絵巻物1巻 27.5×1631.9cm
刊年

明治時代成立

百人一首の作者絵を絵巻物化したもの。画者は不詳であるが、江戸時代の安永4年(1775)に出版された勝川春章画の『錦百人一首あづま織』の模写本である。しかし、本来は巻末に位置する順徳院が巻頭におかれ、続く人物も本来の順序と異なっている。その意味するところは不明である。保存状態は極めて良好で色彩も鮮やかである。

百人一首図巻百人一首図巻百人一首図巻
百人一首図巻百人一首図巻百人一首図巻


4 百人一首像讃抄(ひゃくにんいっしゅぞうさんしょう)

  

装訂/写刊/数量/大きさ

中本 袋綴1冊 27.2×18.3cm

作者

菱川師宣(ひしかわもろのぶ、1630-1694)画
刊年

延宝6年(1678)刊 江戸鱗形屋板

百人一首の絵入り注釈書。内容は細川幽斎(ほそかわゆうさい、1534-1610)の『幽斎抄』を変形通俗化したもの。つまり、一面上部に系図と『幽斎抄』の本文、下部に歌・歌仙絵と歌の心を翻案した背景画(歌意絵<かいえ>)を盛り込んだもの。江戸の浮世絵師菱川師宜が、角倉素庵本に描かれた歌仙絵の構図や姿態を倣った暢達な作風の肖像画を加えたから、江戸庶民の好尚に叶い大いに普及した。また、百人一首の本文と共に、歌仙絵は延宝8年(1680)刊『百人一首基箭抄』以下の絵入り本に継承され、歌仙絵の大衆化に多大な影響を及ぼした。

百人一首像讃抄百人一首像讃抄


5 小倉百首(おぐらひゃくしゅ)

  

装訂/写刊/数量/大きさ

中本 袋綴1冊 26.9×17.8cm

作者

沢田東江(さわだとうこう 1732-1796)書
刊年

寛政7年(1795)刊

外題は「小倉百首」。内題はなく、版心題もなし。半葉一面に一人一首を掲げ、作者名は一行、和歌は四行または五行書き。序文はなく、冒頭から本文が始まる。奥書、識語、跋文、蔵書目録などがあり、最後に「寛政七年十二月」の刊記がある。
内容は、百人一首を万葉仮名の草書体で書いたものの陰刻版で、書道の手本である。
東江は江戸中期の書家。姓は源、名は鱗(ならぶ)、字は文龍(ぶんりゅう)、東江は号。林鳳谷(はやしほうこく)に朱子学を、高碩斎に書を学び、後に二王(におう/中国・晋の書家王義之、その子王献之)の風を崇拝し、鋭意臨模(りんも)して遂に一家を成した。

小倉百首小倉百首


6 小倉擬百人一首(おぐらなぞらえひゃくにんいっしゅ)

  

装訂/写刊/数量/大きさ

百枚揃 大判錦絵 36.0~37.0×24.0~25.0cm

作者

歌川国芳(うたがわくによし、1798-1861)
歌川(安藤)広重(うたがわ〈あんどう〉ひろしげ、1797-1858)
三代歌川豊国(うたがわとよくに、1786-1865)画
柳下亭種員(りゅうかていたねかず、1807-1858)解説

刊年

天保・弘化(1830-1848)頃 江戸伊場仙(伊場屋仙三郎)板

小倉百人一首の歌を基に、役者絵を擬して百枚を当世風に仕立てたもの。絵は国芳が51図、広重が35図、豊国が14図で合計100図揃。図柄の多くは芝居の題材中より採り、百人一首に関わる部分を絵画化し、戯作者で書肆の種員が絵の解説を添えたもの。江戸庶民の百人一首および浮世絵の普及に大きな役割を果たした。

小倉擬百人一首(おぐらなぞらえひゃくにんいっしゅ) 小倉擬百人一首(おぐらなぞらえひゃくにんいっしゅ) 小倉擬百人一首(おぐらなぞらえひゃくにんいっしゅ)
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