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第3ユニット 第2回研究会報告

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仏教における共生の基盤の可能性としての『捨(upeksa)』

10月28日(金)、堀内俊郎研究助手が、第3ユニット第2回研究会で、「仏教における共生の基盤の可能性としての『捨(upeksa)』」と題する発表を行った(於 白山キャンパス6号館4階文学部会議室)。

第3ユニット第2回研究会報告

インド大乗仏教を専門とする氏の、本センターにおける研究課題は、「仏教における共生思想の研究」であるが、今回の発表の概要は以下の通り。
共生は本来は生物学の用語であるsymbiosisの訳語であり、自然界がそうなっているという意味でのもので、そこから当為を導き出すようなものではなかった。その後、牛と人間との共生、機械と人間との共生というように、比喩的あるいはゆるい意味で用いられるようになった。しかし、「共生」という語は心地よいキャッチフレーズとして濫用されてきており、結果、それに対して心理的リアクタンスを起こす例が多く聞かれる。ゆえに共生を論ずる際には十分な概念規定をしてかかる必要があると、氏はまず警鐘を鳴らした。

次に、氏は椎尾弁匡師、黒川紀章氏のラインに沿って共生概念をとらえようとした。椎尾師の共生は、極楽へ有情と「共」に「生」まれることを原点とするが、その強調点は「この世で真に、生き生きと生きること」。黒川氏は共生を単なる融和ではなく、お互いに聖域を認め尊重し合いつつ共有可能な領域を模索することととらえた。

第3ユニット第2回研究会報告

仏教におけるその意味での共生を考えた場合、その思想基盤は、世俗的な倫理、仏教倫理であろう。ところで、慈悲喜捨の四無量心あるいは四梵住の一つである「捨」は、単なる無関心ではなく、大局観、心の平静、他人に対して愛憎を抱かない心を意味する。その意味で、捨は仏教における共生の基盤となりうるのではないか、と結んだ。質疑応答では、捨の仏教修道論における位置づけ、ストア派のapatheiaとの関係、儒教の修道論との関係など、国際哲学研究センターにふさわしい多岐に渉る質疑がなされ、実り多い会であった。