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第2ユニット 第4回研究会報告

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ミシェル・セールの『生成』を読む

第2ユニット第4回研究会報告

1月23日、白山キャンパス六号館の文学部会議室で、清水高志研究員(第2ユニット)が、「ミシェル・セールの『生成』を読む」と題する発表を行った。――私たちは通常、なんらかの事物を判断するにあたって、その事物が持っている個別性の一部を切り捨てるかたちで、より普遍的な「括り」に包摂するという作業をおこなっている。
こうした普遍的な「括り」は、より普遍的な「括り」と重層させられる形で組み合わされ、判断や推論はそこに立脚して正しい結論を導き出すとされる。これは個別な事物を、普遍への包摂を媒介に樹木(トゥリー)状に整序していく思考のあり方であり、ある意味で伝統的なものでもあるが、これによって本当の個別性や多様性が切り捨てられる、とする立場もありえよう。セールはこれに対し、個別性や「ありのままの多」としての多様性が捉えられるのはいかなる条件においてであるのかを考察する。
そして個別性を媒体として、樹木(トゥリー)状の包摂構造にもとづく整序が限定されつつ、そうした整序構造そのものが複数結びつく、という状況を考えようとしていると、清水研究員は分析する。

第2ユニット第4回研究会報告

『生成』では、バルザックの『知られざる傑作』をモティーフに、普遍による媒介(樹木(トゥリー)状の整序)と、ありのままの個別、多様性(Noiseなもの)による媒介が、どちらかに解消されることなく、双方の作用を往還するかたちで成立している構造が力動的に描かれている。
この二種類の媒体を交互に経ることで、多様性にゆらぐ、ネットワーク状の世界が生成されるが、このネットワークを結節させる個別なものを、多様なまま考察していくところにセールの意図がある。セールはライプニッツのモナドロジーを踏まえつつも、整序された内容の調和ではなく、先述の往還関係のシステムそのものが、多様なかたちで共可能的にあるとはどういうことかを問い、そうした形でモナドロジーを読み換えている。清水研究員はこのように指摘し、議論も活発に交わされる盛況な研究会となった。