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第2ユニット 第3回研究会報告

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対話形式の著述とスピノザ

平成23年11月28日18時10分より、大野岳史研究助手が「対話形式の著述とスピノザ」と題した研究発表を行った(於 東洋大学白山キャンパス文学部会議室)。スピノザと言えば幾何学的順序に従った『エチカ』が著名だが、『神・人間および人間の幸福に関する短論文』の中で二つの短い対話篇を挿入している。対話篇はそれほど珍しいものではなく、カントのように講師資格申請論文で短い対話篇を挿入している例もある。こうした対話篇を用いることの意義を問い直す発表であった。

第2ユニット第3回研究会報告

哲学において対話篇と言えばプラトンによるものが広く知られている。プラトンは対話こそ哲学的課題に取り組む最良の方法と考えており、ただ意見の言い合いではなく、全体として推論が行われているものだった。またプラトンを含む古代において対話篇はある特定の人物同士の対話となっていたが、中世キリスト教哲学においては「教師」と「生徒」による対話が多くなる。さらにアウグスティヌスが『ソリロキア』で自らの理性と対話するなど、自分自身との対話も見られるようになる。

プラトンやアウグスティヌスにおいて対話は真理探究の方法であるが、対話篇の効用はそれだけではない。例えばバークリ『ハイラスとフィロナスによる三つの対話』のように分かりやすく説明するために書かれたものもある。またそれぞれの哲学者が自分の意見に対する異論を挙げ、それを論駁するという意図もあるだろう。このことによって議論を整理することができるのだ。スピノザにおける対話篇もそのような議論の整理のためと思われる。

第2ユニット第3回研究会報告

真理探究や議論の整理を目的とした対話にとどまらず、対話とはそれ自体が思考の運動なのではないか、あるいは互いに面と向かって対話することはもっと意義深いのではないか、など多数の質問が挙がり、哲学の方法としての対話の重要性を再確認させられる非常に盛会な発表会となった。