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第1ユニット 第6回研究会報告

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『現象即実在』論の淵源――西田哲学と良知心学について――

第1ユニット第6回研究会報告

第1ユニット第6回研究会は、3月22日、東洋大学白山キャンパス文学部会議室にて開催された。題目は、小路口聡研究員による「『現象即実在』論の淵源――西田哲学と良知心学について――」であった。本発表は、西田幾多郎の「現象即実在」論の思想的淵源として、王畿(1498-1583)に代表される良知現成論の実在観に着目された大変刺激的な発表であった。

小路口研究員によれば、「現象即実在」の思想とは、日常生活の具体的な場において、現に、生きて働く人間の心の上に、常に、個を越えた、「意識の厳密なる統一」として現前成就する「実在」への気づきと敬畏、信頼と順応を促す思想であり、そこに、人間の脱自・超越の契機を求めようとする思想である。西田は、そうした「実在」を、「純粋経験」、あるいは、その根底で働き続けている「潜勢力」「或統一者」「潜在的或者」「一般的或者」「普遍的意識」「人格」など、様々な名称で呼んでいるが、それは、王畿の良知現成論における「良知」の思想と著しく一致している。また、「意識の根底において自己の意識を破りて働く堂々たる宇宙的精神を実験(=「実際に体験」)する」ことを「宗教の真意」とみなす西田哲学は、良知心学が、「万化の根源」、「乾坤万有の基」としての「良知」の働きを、時々刻々、「自得」することを通して、「即今当下(今-ここ)」において、「聖人」としての本来的自己を生きること、すなわち、「即今自立」することを目指す点においても、一致することを示した。そして、両者の哲学の根底にあるのは、他でもない、「性善説」という「現象即実在」論の思想であると結論づけた。

第1ユニット第6回研究会報告

質疑では、西田の「純粋経験」論と王畿の「良知現成」論、及び、両者の倫理学における「他者」性の問題、両者の哲学における「知識」「知性」の位置づけなどについて、活発な議論がなされ、盛会の内に幕を閉じた。