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第3ユニット 連続研究会「自然と共生―その表現形態」第1回

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連続研究会「自然との共生―その表現形態」第1回

 7月12日、東洋大学白山キャンパス6号館文学部会議室にて、第3ユニット研究会が開催された。これは、「自然との共生―その表現形態」というテーマのもと、共生概念を芸術や美術といった具体的な表現形態から探ろうという企図のもと開催されている研究会であり、江藤匠氏(東洋大学非常勤講師)による「イタリア古典期の肖像画におけるフランドル絵画の影響について―レオナルド・ダ・ヴィンチの作例を中心に―」という発表がなされた。発表者による要旨は以下の通り。

江藤1

 盛期ルネッサンスにおける古典主義の形成に、どのようにフランドル絵画が関与してきたのかという問題を、レオナルド・ダ・ヴィンチ作の一連の肖像画を中心に考察した。そもそも四分の三観面という肖像画の形式がフランドルを起源としており、1470年代にレオナルドがフィレンツェで制作した《ジネブラ・デ・ベンチの肖像》は、当時メディチ家にあったペトルス・クリストゥスの《フランス婦人の肖像》と関係があったことが指摘されている。ヒルズは、レオナルドはこのフランドル絵画の瞑想的な内面性を最初に理解したイタリア人だとしている。ベンチの肖像の裏面に描かれた棕櫚と月桂樹の絡んだ紋章は、フランドルに滞在していたベルナルド・ベンボの紋章に似ている。従ってベンボが注文主として、この樹木の判じ絵をレオナルドに伝えたのかもしれない。 

江藤2

 一方1480年代からのミラノ時代において、レオナルドは《白貂を持つ婦人》、《音楽家の肖像》と《美しき鍛冶屋の娘》を制作した。特に《音楽家の肖像》には、フランドル技法を学んだアルトネルロ・ダ・メッシーナ作の肖像画の心の動きが反映しているといわれる。そして人物の肖似性からも離れ、性別の区別もはっきりしない中性化、理想化の傾向が看取される。

 1500年にフィレンツェに戻ったレオナルドは、フランチェスコ・ジョコンドの注文により、三度目の妻リザの肖像を1503年から三年間にわたって制作した。図像は、モデルが肘掛け椅子に腰かけるという聖母子の絵画伝統を汲んでおり、円柱で枠取られた開口部から風景を望む構図は、ハンス・メムリンクの《ベネデット・ポルティナリの肖像》に類似している。そして幻想的風景を背景に、ゴシック的な微笑を湛えた不安な表情の反古典主義的肖像画が完成したのである。ヴェルフリンの古典主義の理念でもあるゴシック以来の主観的な理想主義を、15世紀の自然主義に融和させるという課題が、《モナ・リザ》において一定の解決を見たといえる。