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第3ユニット 連続研究会「文字化された宗教教典の形成とその意味」第1回

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連続研究会「文字化された宗教教典の形成とその意味―多文化共生を図るツールを考える―」第1回

 7月5日、東洋大学白山キャンパス6号館6206教室にて、第3ユニット連続研究会「文字化された宗教教典の形成とその意味―多文化共生を図るツールを考える―」第1回が開催された。多文化共生にとって宗教の意味はとりわけ重要となり、その中でも教理を文字化した教典が、それぞれの教団が存立するための核となる。ではそれぞれの宗教で教典はどのように文字化され、オーサライズされてゆくのか、という研究会の趣旨説明が、初めに渡辺章悟研究員(東洋大学文学部)によってなされた。その後、神道・修験道の教典形成について、園田稔氏(京都大学名誉教授)と宮家準氏(慶應義塾大学名誉教授)による発表がなされた。

文字化1

 園田氏は、「おおよそ「神社縁起」とは、神社創建の由来や祭神の霊験について各社ごとにまとめた神社文書の一種で、おもに中世から近世にかけてしきりに制作されたものをいう。近代の神社界ではこの種の文書を正式には「神社由緒」と呼んで、「神社縁起」とは言わない。「縁起」が本来仏教の言葉であるために、明治維新後は一切の仏教色を排してきた神社界でこの用語を避けたためである。しかしながら、神道の歴史的展開を通じての神仏習合の体制下で成立した「神社縁起」は、今もなお依然として各神社の教典的基盤をなすところがあり、実際には近世以来試みられてきた仏教色抜きの神社由緒をも一般には「縁起」と称してほとんどこだわることがない」という認識のもと、神社神道における教典文字化の事例として「神社縁起」を取り上げ、寺院縁起に影響を受けつつも仏本神迹から神本仏迹へと展開してきた過程などを丹念に追いながら、その総体的意味を検討した。  

文字化2

 宮家氏の発表要旨は以下の通り。「修験道の教典は、天台宗、密教、神道などの口伝や切紙を集成する形で成立、展開した。特に天台宗は山門派(比叡山)、寺門派(園城寺)とも、顕教・密教・修験を三本柱にするとしている。その先駆をなす13世紀初期の園城寺系の慶政(1189-1260)の『諸山縁起』では、大峰、葛城などの縁起や霊地を法華経や密教と関連づけている。次いで14世紀初期に山門の記家・光宗(1276-1350)が著した『渓嵐拾葉集』では「山王御事」などの項で大峰などの霊山をとりあげ、特に天川弁才天に注目した。ここでは天台本覚論や密教に基づく説明がなされている。14世紀中頃には遊行の修験者即伝(生没年不詳)が金峰山や彦山の衣体、字義、峰入などの50通の切紙を編集した『修験修要秘決集』を著した。本書にも天台本覚思想と密教の影響が認められる。17世紀後期には園城寺の志晃(1662-1720)が、『寺門伝記補録』を著して、上記の諸著をもとに円珍を開祖とする園城寺修験の正統性を主張した。このように修験道の教典形成・展開には天台宗が密接に関わっているのである」。

文字化3

 宮本久義研究員(東洋大学文学部)による閉会あいさつで幕を閉じた今回の研究会は、30名ほどの来場者のある有意義な会となった。