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方法論研究会(渡辺博之)

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「スピノザの「方法」について」

 6月21日、東洋大学白山キャンパス6号館文学部会議室にて、第2ユニットの「方法論」研究会が行なわれ、渡辺博之客員研究員(東洋大学非常勤講師)による発表「スピノザの「方法」について」がなされた。

渡辺1 スピノザ(1632-1677)の哲学的主著『幾何学的順序により証明された倫理学』(以下『エチカ』)において示される彼の哲学の最終的な到達目標は、以下の通りである。彼が『エチカ』第一部で定義する「神」の認識こそが人間精神にとっての最高善であること。神を認識することから人間精神において神への「知性的愛」が生じること。この神への「知性的愛」とは神が自己自身を愛する「愛」の一部分であること。この「愛」に人間の「至福」が存すること、等々である。

 未完のまま遺された彼の最初期の著作『知性改善論』では、上記のような目標に到達するためには、知性が事物を正しく認識する「方法」を獲得し、そして「方法」が与える規範に従って精神を導き、知性を改善していかねばならない、という構想が示されている。このような『知性改善論』における「方法」の構想と、『省察』「第二答弁」においてデカルトが用いた「幾何学的様式」を、『エチカ』の叙述にあたってスピノザが採用した事実との間には、必然的な連関があり、そのように解釈できると、渡辺氏は述べている。『知性改善論』での「定義」に関する一連の考察の存在が、この解釈を根拠付けうるという。

 『エチカ』の執筆が進むにつれて、『知性改善論』における「方法」すなわち知性の改善という構想は背景に退き、『エチカ』では「知性を完成すること」と呼ばれ「論理学」に属するものである、とされている(第五部序文)。これは、『知性改善論』での「方法」は、最終的に放棄されてはいないが、「至福」へ到達するための唯一の道とは見なされなくなったのであろうということが、渡辺氏によって述べられた。

渡辺2 渡辺氏の発表後の質疑応答では、センターの研究員のみならず、外部からの参加者が非常に多かった。特に、専門分野を同じくする研究者からの質問が多数なされた。その際、スピノザ哲学における方法論を、多角的な視点で検討するなど、内容豊かな議論が活発になされた。