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連続研究会「明治期における人間観と世界観」 第2回「心学の変身」

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連続研究会「明治期における人間観と世界観」
第2回「心学の変身―西田幾多郎の「修養」と「研究」、夏目漱石「こころ」の苦悩―」

 吉田先生立ち姿 

6月11日に吉田公平IRCP客員研究員(東洋大学名誉教授)を迎え、東洋大学白山キャンパス1号館1202教室にて、「心学の変身―西田幾多郎の「修養」と「研究」、夏目漱石「こころ」の苦悩―」と題された研究会が開催された。この研究会は、「明治期における人間観と世界観」をテーマとした連続研究会の一つとして開催されたものであり、西田幾多郎と夏目漱石の仕事を通して、明治近代の「自己」の問題を明らかにする試みであった。

吉田氏は『善の研究』のもっとも重要な術語である「純粋経験」を、「修養」という語をもとに解明を試みた。西田は、『善の研究』の出版前の明治31年から39年にかけて、一心不乱に坐禅に打ち込んでいた。ここで西田が目指していたのは、細工や思い込み、既成の概念を捨て、真正の自己を把握することであった。吉田氏は、この営みを「修養」と特徴づけた。そして、修養を通じて得られた本来の自己のあり方こそ、西田の「純粋経験」ではないかと提案された。このような課題は、朱子学や陽明学に通じるものであると言えよう。会場の様子

さらに吉田氏は、近代の「自己」の姿として、『こころ』の登場人物たちの苦悩を見ていく。この小説に登場する先生夫妻は、天皇を長とする家父長的な大家族制度から外れた核家族を形成している。先生は自由と自立を得たが、その代償として孤独になる。この孤独こそが近代的個人の特徴であり、「故郷喪失」という受難の中を生きることになるのである。孤独に追いやられた近代的個人の、他者不信から自己不信へと動いていく心の動きの葛藤を描いた小説が『こころ』なのである。

吉田先生の座った姿明治期において、朱子学や陽明学に通底するような自己の探求が行われ、それが西田の『善の研究』という学問的成果として結実した。立身出世主義の明治期にあって、私利私欲に流されない真摯な取り組みがそこでなされた。しかし同時に、近代的個人は、孤独という宿命を背負い、追い詰められていく。明治期における自己のあり方の光と影が明らかになったということが、この研究会の成果である。