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「ポスト福島の哲学」研究会(堀切さとみ)

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「ポスト福島の哲学」第1回研究会(堀切さとみ)

堀切 2014年5月30日(金)18時00分-20時30分、東洋大学白山キャンパス1号館6102教室において、2014年度最初の「ポスト福島の哲学」研究会として、ドキュメンタリー映像作品『原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録』の上映と、その制作者である堀切さとみ氏の講演が行なわれた。この作品は、東日本大震災における原発事故によって避難を余儀なくされた、双葉町民へのインタビューの記録である。堀切氏は、2012年から2013年にかけて、双葉町民の避難先である埼玉県加須市の旧騎西高校で粘り強く取材しており、その際の映像が、このドキュメンタリー映画を構成している。

 この作品で特筆すべきは、堀切氏によって引き出された、双葉町の人々の率直で忌憚のない意見や心情の機微であろう。それはまさに「生きた声」であった。その生きた声が伝えるのは、土地を汚され、奪われた上で強いられた、辛い避難生活の実情である。そして、生きるために避難したにもかかわらず、福島から逃げ出したのだと後ろ指を指されるといった無理解に対して、苦しむ人々の姿である。この長い避難生活は、いつの間にか県内外に避難した双葉町民それぞれの内面に、本来的には必要のない葛藤を生むこととなる。双葉町民はついに県外避難と県内帰還の選択の間で分裂を起こし、不自由な二択を迫られる。それは、放射線被害の影響(生死にかかわる健康被害)という本質的な問題とは関係のない、行政と生活という外側の事情による圧力であった。勿論、この外側の事情も、原発事故の悪しき産物である。原発事故は、3年以上経った今においても問題を生み出し続けている。この作品は、自らの意志とは無関係に、生まれ育った土地から引き剥がされる人間の痛みと喪失を、まざまざと伝える力を持った作品であった。これについて堀切氏が、「かけがえのない故郷を持っている人とそうでない人。日本は二分化されている」と述べていたことは、非常に印象的であり、この「ポスト福島の哲学」研究における、重要な提言の一つになると思われる。        

 会場には、遅い時間にもかかわらず、多くの学生や、学外の来場者が30名ほどもあった。質疑応答に十分な時間がとれなかったことが悔やまれるが、それでも限られた時間のなかで、堀切氏と来場者、国際哲学研究センター研究員らとの活発な意見交換がなされた。福島原発事故に対し、それぞれが見解を持ち、その記憶を留め続けることは簡単なことではない。しかし、「ポスト福島の哲学」は、考え続けるという哲学の基本をフクシマに向け続けるために、これからも重要な活動であると、参加者それぞれにおいて確認されたであろう。全体