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第1ユニット 第3回研究会報告

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第1ユニット第3回研究会
The Meiji Introduction of Philosophy to Japan as the Learning of a Foreign Language

第1ユニット第3回研究会報告2013年9月14日(土)、東洋大学白山キャンパス9号館2階第4会議室にて、講師にジョン・マラルド北フロリダ大学名誉教授を迎え、”The Meiji Introduction of Philosophy to Japan as the Learning of a Foreign Language”という題目で、国際哲学研究センター第1ユニット研究会が開催された。
マラルド氏は、明治時代の日本における西洋哲学の受容について、翻訳の問題を中心にして論じた。講演原稿では、翻訳を意味するtranslationという語を、ハイフンを用いて「trans-lation」と表記していた。このハイフンが表現しているのは、哲学の受容における翻訳の問題は、西洋語を単に日本語に置き換えるということだけではない、ということである。明治時代の日本語には、西洋哲学の様々なアイデアに対応する語がなかったのである。そのため、西洋哲学を受容し、そのアイデアを日本語に翻訳するためには、新しい語を造語したり、古い漢籍の言葉に新しい意味を与えたりする必要があった。

第1ユニット第3回研究会報告このような明治期の哲学者たちの苦闘を見ていくために、マラルド氏はidealism、subject、 the individual、といった語について具体的に論じ、それらの語が日本語に様々な仕方で翻訳され、その訳語が定着していくまでの過程を見ていった。また、哲学という論証的な学問のスタイル自身が定着する過程についても言及された。現在の日本で定着している「観念論」、「主観」、「個人」といった日本語が、明治時代当時にどれほど新奇なものであり、当時の人々をどれほどまごつかせるものであったのかについて論じられ、明治時代の哲学導入における固有の問題が明らかにされた。

第1ユニット第3回研究会報告質疑は、参加者の熱心な質問もあり、非常に充実したものとなった。その質疑応答の中から、研究会の主題にかかわりが深いものを一点だけ挙げよう。翻訳と哲学の関係についての質問に対して、マラルド氏は以下のような点を強調した。すなわち、哲学の歴史そのものが、ギリシア語からラテン語への翻訳、ラテン語からヨーロッパ諸言語への翻訳という、翻訳の歴史であったということである。  20名ほどの参加者があり、日本語と英語の熱心な質疑が行われる、国際色豊かな研究会となった。