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第3ユニット 第6回研究会

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フランス哲学における心身問題と生命観/人体の思想史的意味

1平成25年3月28日(木)、15時00分~18時00分、白山キャンパス8 号館2階第2会議室にて、第3ユニット第6回研究会が開催された。発表者は松島哲久(大阪薬科大学教授)、末永恵子(福島県立医科大学講師)の2名で、「心と体の共生」をテーマとし、小シンポジウム形式で行われ、長島隆研究員が司会を務めた。 

松島氏は、「フランス哲学における心身問題と生命観―心身合一と脳の媒介的役割を中心として―」と題する発表を行った。本人による要旨は以下の通り。

今回の発表では、脳神経科学の成果をどのように私たちの身体あるいは脳それ自体、そして私たちの心へと適用するのかという問いの枠組みの内において、あらためてフランス哲学における心身問題を取り上げ直しながら、心身合一の立場からデカルトの提起した心身二元論を、現代の視点から再度批判し直す作業をおこなうことにしたい。その第1点として、脳において心と身体が相互に媒介されるという点に着目して議論を展開する。とりわけ、脳と身体の相互媒介的働きにおいて、生きて働いている身体が単なる機械ではないことを明示したい。問題とする点は、機械としての身体は、脳との相互媒介的働きによって、身体機械として新たな存在論的関係性において人間存在の一部を構成することになるということである。

2心が脳においてさらに相互的に媒介されることによって、身体機械は機械としての在り方から、生きて働く人間身体へと転化される。身体としての機械は、自ら脳との相互的関係性の内で生きて働くかぎりにおいて、機械としての自己を廃棄して、新たな身体存在として人間精神=心との生きた関係性の内に入ることが可能となるのである。

さらに、この人間存在における相互的共的関係性を、メルロー=ポンティの言う肉の存在論として自然へと展開することによって、<生きた自然>の観念を獲得することができる。この心身合一の立場からの自然の観念は、生命存在の根拠をなすと共に、生命=自然観念に物質と共に精神の観念を付与することになる。そこから、生命的存在論一般へと議論を展開することが可能となるのである。すなわち、この生命論によって示されていることは、生命を心身合一の立場から見ることを通して、精神としての在り方と物質としての在り方が、生命においてひとつに統合される可能性が開かれてくるということである。

最後にベルクソンの言葉を引用したい。「物質と意識というこの二つの存在が共通の源泉から出てきたものであることは、私には疑いのないことのように思われます。かつて私は、前者が後者の逆転であること・・・物質も意識も単独では説明できないものであることを証明しようと試みました。」(『精神的エネルギー』から)

3末永氏は、「人体の思想史的意味-「死体」の思想史構築に向けて-」と題する発表を行った。

生命活動を終えた身体である人間の死体について、日本ではいかに考え、どのように扱ってきたのだろうか。家族による葬送から抜け落ちる無縁死体に焦点をあて、死体をめぐる心性と社会システムを描いた。

中世の平安京では、埋葬や火葬以外に風葬の風習があり、さらに放置される無縁死体も多くあった。しかし、仏教寺院および非人集団が葬送に関与してくるようになると放置死体は減少してゆくと考えられている。

近世になると、檀家制度と行き倒れ死体の処理に関する法の整備によって放置死体はいっそう減少する。そのいっぽうで、公権力は、斬首刑執行後の死体を刀剣の試し斬りや、薬(主に内臓から作る)に使用することを公認していた。解剖も権力の許可を得てはじめて可能となっていた。

明治になると、刑死体を刀剣鑑定や薬に利用することが禁止されるいっぽうで、医学校などで解剖に利用することは、医学の進歩のために積極的に認められるようになる。さらに、未決囚や懲役場・養育院からの死体までもが利用されるようになった。また、治療・入院費が免除されていた学用患者には、死亡した場合の死体解剖がほぼ強制されていた。

戦後しばらくは、解剖用に無縁死体を利用する割合が最も高かったが、現在は、献体の登録者が増加し、供給が需要を上回る大学もある。中には「身寄りがないので、遺骨を大学の納骨堂に入れて欲しい」という動機からの献体もある。このような動機の背景には、無縁死体になることへの不安があるように思う。現代は、少子・高齢化、貧困化、雇用の不安定化により、地縁・血縁・社縁を失った無縁死体が増加している。この無縁死体となることへの不安が、献体の登録者数を上昇させるひとつの圧力となっている。

以上の発表ののち、質疑応答では、インドやヨーロッパでの死体の扱われ方などについて、聴講者や発表者同士で活発な意見交換がなされた。