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教員が語る大学院の魅力(中国哲学専攻 坂井多穂子 准教授)

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 「楽しい」ことを追求していたら、研究者になっていた

坂井先生


Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?

 文学研究は人間の精神のありようをさぐるため

 理系はいざしらず、文系とくに文学の研究はいわゆる実学ではありませんので、「文学は何の役に立つのか」という疑問や質問を投げかけられることがあります。私は「文学は精神の栄養である」と考えますが、古の中国においては国政とも関りの深いものでした。かつて中国では政治家は同時に文学者でもあることが求められ、科挙の中に詩文創作の試験がありました。中国における文学の重要性を端的に物語るものとしては、魏の曹操の息子の文帝曹丕のことばがあります。彼は『典論』「論文」のなかで、「文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」と述べています。「文章」(文学)が栄えることが国を治める要である、という千八百年前のこの宣言は、文学と疎遠になりつつある現代日本では斬新にさえ感じられますが、その後の中国の隆盛は為政者のこの宣言と無縁ではありません。中国だけでなく、日本においても同様でした。平安時代初期の勅撰漢詩集が「経国集」と名づけられたのは、当時の天皇と貴族が、文帝の投げたボールをしかと受けとめたからに他ありません。

 私が中国古典文学の研究者を志したのは、一言でいえば、時代や国籍をこえて普遍的に存在する人間の精神のありようをさぐるためです。それを、日本人にとってもっとも身近なお手本であった中国古典を対象として、より具体的に考察してみたいと思ったからです。

 

Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。

 「楽しい」ことを追求していたら、研究者になっていた

 高校生の時、大学入試の漢文対策として『史記』を原文で読んで漢文の面白さに惹かれ、中国文学を勉強したいと思うようになりました。入試が終わって最初に読んだのが岩波文庫の『紅楼夢』で、そこに描かれた清朝貴族の恋愛と没落の物語に魅せられ、学部の卒業論文は『紅楼夢』で書きました。とはいえ、『紅楼夢』研究は「紅学」と呼ばれるほど膨大な成果が蓄積されており、自分なりのテーマを探すのにかなり苦しみました。そこで、好きなものは研究対象にするよりも趣味にとどめておこうと心に決め、大学院進学後は一転、古典詩を研究することにしました。学部三年の時に受講した唐詩の授業が面白かったのと、『紅楼夢』のヒロイン林黛玉の創作詩を卒論で分析するうちに、詩を深く学びたくなったからです。

 大学院では、唐の白居易や北宋の梅尭臣の詩を中心に研究しました。詩について論文を書くのは、『紅楼夢』の時と同様、苦しい作業でしたが、それでも続けてこられたのは「楽しい」と思える瞬間が多かったからです。語彙や周辺資料の分析を手がかりに、凝縮された言葉一つ一つに込められた詩人の無限の「情」をさぐりあてる作業は新しい刺激に満ちた、とても楽しい瞬間でした。加えて、私が学生時代を過ごした関西では、県や大学の枠を越え専門を同じくする先輩や先生方と交流する機会が多く、詩に関する研究会や読書会から多くの刺激を受けました。大学院(修士・博士)に在籍した五年間、奈良にある所属大学の授業のみならず、京都の大学の授業を毎週、受講させてもらいました(午前に奈良で授業を受けてから午後に京都に移動して夕方の講義を聴き、一泊して朝の演習の授業に参加してから奈良に戻って授業を受けるというような日常でした)。これらの場で詩や古典文学の読み方・味わい方を学び、また議論の場に参加してたくさんの刺激を受けたことで、詩を読むことを「楽しい」と思い続けることができたのだと思います。この「楽しい」体験をさらに味わいたいと思って博士課程(現在の博士後期)に進学しましたが、「楽しい」というだけで決断したことを後悔したこともあります。博士課程への進学は研究者として生きてゆく覚悟が前提となりますが、当時の私はそこまで深刻には考えていませんでした。しかしこのご時世、安全で確実な人生を保障してくれる道などどこにあるのでしょうか。かりにあったとしても、それを予知して選択することは不可能です。ですから「楽しい」という実感に寄り添って選んだことは、けっして間違いではなかった、と振り返って今はそう思います。

 

Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。

 唐宋代の詩人(とくに白居易・梅尭臣・楊万里)の作品を研究しています

 現在まで一貫して古典詩を研究テーマとしています。大学院進学当初は唐代(618~917)中期の白居易を、のちに北宋(960~1126)の梅尭臣を研究対象とし、士大夫(中国の知識人)の日常生活の事物を描いた詠物表現に関する博士論文を書きました。白居易と梅尭臣の詩には日常の小さな事物に目を留めた「詠物詩」が少なくありません。学位取得後も梅尭臣の表現手法や交友に関する数本の論文を書きました。中国では「詩は志を言う」といわれ、士大夫(知識人の公的な面)のなすべき正統な文学ジャンルとみなされてきましたが、けっして真面目一辺倒のお堅いものばかりではなく、その中に「戯れ」や諧謔(ユーモア)がみられること、そしてそれは文人(知識人の私的な面)たちの交友のありようを示すものでもあることを論じてきました。

 ここ数年は研究対象を南宋(1127~1279)の楊万里に移し、楊万里が北宋までの詩人(とくに蘇軾)をどのように受容したかを考えています。楊万里は現在ではその評価は同時代の陸游に劣りますが、当時においては南宋を代表する文学者だと高く評価され、彼以降の詩人に大きな影響を与えました。作品中の用語や表現方法、また詩集編纂の意識をとってみても、彼以前の文学者のみならず、同時期の文学者とも大きく異なっており、近世の幕を開けた存在であると言えます。楊万里研究をとおして、近世以前と以後における中国古典詩の様相を明らかにしたいと考えています。

 

Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったことは?

 留学経験は宝物です

 論文作成はやはり苦しいものです。テーマを探し、材料を分析し、文章化する過程で何度も壁にぶつかりました(そのぶん、考えをうまく表現できた時の喜びは大きい)。何本も書くうちに少しずつ慣れてはきましたが、今でも論文制作のたびに産みの苦しみを味わっています。

 楽しかったことは、大学院生の時、中国江蘇省の南京大学に一年半、留学したことです。文献で読んだ場所や文化に直接触れ、古の文学者が見た景色を自分も見ることができた喜びは言うまでもありませんが、中国語で中国人の教授や大学院生、一般の中国人とも交流を持てたことは貴重な経験になりました。また、日本や自分自身について説明を求められる機会が増えたことで、日本を客観的に見ることができました。留学によって中国のみならず日本についても考えることができたのは、私にとって大きな副産物でした。

 

Q.大学院で学ぶことの魅力とは?

 研究に没頭できる環境が、そこにはある

 大学院生は、学部で卒業論文制作を経験しているので、すでにその分野における専門家です。少人数クラスで専門家の同級生とともに授業を受け、議論することは学部生の環境よりもはるかに刺激的で、多くのものを学ぶことができます。教員も同じ研究者として大学院生に接しますから、学部生とはことなる距離と扱いになります。研究に没頭できる環境が用意されています。

 

Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージをお願いします。

 研究に没頭しつつ、見聞を広めよう

 深くて広い中国文学には、中国の先人の精神世界が保存されており、それを心ゆくまで味わい読み解くことができるのは贅沢な時間になると思います。

 また、専門の研究だけでなく、語学(中国語)をきちんと勉強しましょう。日本人学生は、専門の研究だけではなく、できれば在学中に留学をして見聞を広め、語学力を磨いてください。今の時代、文学で食べてゆくことは難しいですが、外国語ができれば語学講師となる道が開けます。

 


プロフィール

氏名: 坂井 多穂子(さかい たほこ)

経歴: 現在、東洋大学大学院 文学研究科 中国哲学専攻 准教授

2002年 奈良女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻 修了

2008年より、東洋大学文学部

専門: 中国古典文学、唐宋詩

著書: 『詩僧晈然集注』(共著。汲古書院、2014年)

http://ris.toyo.ac.jp/profile/ja.081e31a2227269e9aa8d48268c1903c3.html

 


(掲載されている内容は、2017年6月現在のものです)