スマートフォン向け表示
  1. トップページ >
  2. Academics/教育 >
  3. Graduate School/大学院 >
  4. Graduate School of Letters//大学院文学研究科 >
  5. 教員が語る大学院の魅力(日本文学文化専攻 谷地快一 教授)

教員が語る大学院の魅力(日本文学文化専攻 谷地快一 教授)

  • English
  • 日本語

俳文学の研究を通じて詩歌の海に遊び、その感動を後世に伝えること

 谷地先生

Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?

 俳文学の研究を通じて詩歌の海に遊び、その感動を後世に伝えること

私は俳文学(連歌・俳諧・俳句)を守備範囲とし、広く詩歌の世界に遊ぶことを自分に課しています。

ことばを仲立ちとする文学の中心が詩歌にあることは洋の東西を問わない真実ですが、初等・中等教育の教科書や、歌謡曲(作曲を除外した歌詞)などをみると、現代は詩歌の歴史をとてもおろそかにしていると思うのです。

生きる力としての詩歌を後進に説き、その感動を後世に伝えるところに研究の意味を求めています。

 

Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。

 未知の世界への挑戦

高校生までは思い上がっていた。今はそんな気がします。事情があって卒業後は三年ほど企業に勤めますが、その思い上がりを捨てるべく、上京して、大学生になりました。そのとき心に決めたことのひとつに「今まで知らない世界を学ぼう」という覚悟があります。「すでに知っていることで勝ち誇るのはやめる」ということです。

運命的な出逢いは大学3年生の芭蕉俳諧というゼミでした。それまで、芭蕉・蕪村・一茶という人々には「俳句を作る人」という認識しかなかったのですが、彼らの本業が「長句(5・7・5)と短句(7・7)を、複数の人々によって交互に連ねてゆく」共同制作の詩であることを教えられたのです。それまで誰も教えてくれなかった、世界に類のない詩歌の世界でした。自分が「納得のゆくまでこの世界に学ぶ」という意欲が大学院進学を可能にし、学界へのとば口へと導いてくれました。その前後を通じて、恩師としか呼びようのない複数の先生方や研究仲間に支えられてきたことはいうまでもありません。

 

Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。

 蕉風俳諧のゆくえ

蕉風とは芭蕉の作風のことです。芭蕉を先生としてつかえ、教えを受けた直接の弟子や、その作風に共鳴した後世の人々の作品を含める場合もあります。作風は作品を読むことからしかつかめません。その作品は「長句と短句を交互に重ねて、全36句で完結する連想ゲーム」ですから、作者の意図を把握するためにはゲームのルールを知る必要があります。卒業論文ではそのルールと向き合いました。そして、この「交互に重ねる」という文化が『野ざらし紀行』『鹿島詣』『更科紀行』『おくのほそ道』という著名な作品の通奏低音でもあり、芭蕉の世界観であるとわかってしまったのです。平成8年(1996)、250年ぶりに発見された芭蕉自筆草稿『おくのほそ道』を吟味した結果でした。

俳文学の歴史とは、つまるところ、松尾芭蕉という詩人がどのように誕生し、それをどう理解してきたかを学ぶことです。こうした文学史観によって、今は蕪村・一茶、さらには子規や虚子の世界を通して、蕉風のゆくえを追っています。

 

 

Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったことは?

 二足のわらじ

思い起こせば、つねに二足のわらじを履いていました。学部は学費の安い夜間部に学びましたから、昼間は働いていました。大学院に夜間部はないので退職しましたが、高等学校教諭をしながら大学院に通うことを許されました。そして、大学院修了後は高校教諭と短期大学非常勤講師を命じられるという具合です。これらはすべて、指導教授や研究仲間の配慮によるものでした。

つまり、つらかったことや嬉しかったことは表裏であって、つくづく果報者であったと感謝するばかりです。

 

Q.大学院で学ぶことの魅力とは?

 愚直とか、ひたむきとか

豊かな暮らしを創造するために、幅広い教養を身につけることは無論大事なことです。しかし、自己実現のためには、比較的若いある時期に自分の領域を見定め、愚直とか、ひたむきを通すことも必要です。大学院の魅力はそれができるところにあると私は考えています。

大学院に入って2年目の冬、恩師に「ある出版社の編集部で、難渋していることがあるようだから、手伝ってやってほしい」といわれ、芭蕉・蕪村の全句の見直しを始めました。修士論文の仕上げの時期で、翌春からは博士課程の就学と高等学校の専任教諭とを兼ねることになりますので、時間の捻出は容易ではありません。授業の合間に大学院に通い、帰宅後の時間を使っては全句の見直しを続け、出来上がった原稿を一箇月ごとに出版社に届ける。そうした生活が実を結んで、出版に漕ぎつけたのは六年後のことでした。恥ずかしながら、しらみつぶしに芭蕉と蕪村を読んだのはこれがはじめてのことでした。そして、今日に至るまで、この仕事が私のいしずえとなり、作品はすべてを読んでから考えるという習慣になっています。

 

Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。

 昨日の我に飽くべし

「昨日の我に飽くべし」とは芭蕉のことばです。昨日までの自分にあきることが大切であるというのです。もうこれ以上はいらない、十分であると満足してしまえば、そこですべては終わってしまいます。

一方で、これは芭蕉というわけではありませんが、「足るを知る」という古人のことばもあります。満足することを知らないと、どんなに豊かになっても、心の平安は訪れないというわけです。

私たちは、この二つのことばを行ったり来たりして生きています。それはこの両者が別個のものではなく、一つの心のありようを示しているからです。とすれば、今の自分に物足りなさを覚える者だけが、心の平安にたどり着くことができるともいえるでしょう。

私にとって大学院とは、そんな向上心を正面から受けとめてくれる場所でありました。

 


プロフィール

名前: 谷地 快一(たにち よしかず)

経歴: 現在、東洋大学大学院文学研究科日本文学文化専攻 教授

         1980年東洋大学大学院文学研究科博士課程修了

         1997年東洋大学短期大学教授

         2000年東洋大学文学部教授

専門: 俳文学(連歌・俳諧・俳句)

著書: 『与謝蕪村の俳景―太祇を軸として』(2005年)ほか

http://ris.toyo.ac.jp/profile/ja.d73492d6541471a548b2052307dc90e3.html


(掲載されている内容は2017年5月現在のものです。)