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教員が語る大学院の魅力(教育学専攻 須田将司准教授)

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物言わぬ、眼に見えぬモノ・コトとの対話と発見

須田先生


Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?

物言わぬ、眼に見えぬモノ・コトとの対話と発見

現代日本の教育界は、明治以降の日本史上まれな激動期にあると言えます。特に2000年代以降、学校週5日制の完全実施、教育基本法「改定」や「ゆとり」路線からの転換を掲げた学習指導要領改訂、「いじめ」や「道徳」、「アクティブ・ラーニング」や「チーム学校」を巡る論議といった改革が目白押しです。一方、毎日「待ったなし」で学校教育は営まれ、教師は子どもや保護者と向き合う日々を送っている。膨大な情報と変化のシャワーのなかで疲弊し、流される教師の姿がそこにあるのではないでしょうか。私の専門とする教育史は、過去の「模索」や「挑戦」と対話し、未来の教育の在り方を見出そうとする学問です。私は特に1930~50年代の恐慌・戦争・復興といった激動期に生きた小学校教員の姿に迫る研究をしています。ともすれば忘却のなかに埋もれている彼らの残した言葉や実践史料から熱い思いを感じ、教育の魅力や可能性を再発見し、明日への勇気がわいてくることがあります。その経験を研究成果として発信し、物言わぬ彼らの知恵を、現代と未来の学校・教師へとリレーとして繋いでいく。そこに私自身の研究者としての存在意義を感じています。

Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。

祖父や担任への「あこがれ」と、三人の恩師と史料との「出会い」に導かれて

ふり返ってみると、最初は小学校教員ののち福島県史編さんに携わった祖父と、小学校6年時の担任の先生、この二人への純粋な「あこがれ」で教育学・教育史を選んだように思います。大学を卒業した1990年代後半は教員採用試験の氷河期で、「もう少しだけ勉強したい」「専修免許をとって採用試験にチャレンジしたい」と修士課程進学を(安易に)選びました。その後、「もう少しだけ勉強したい」気持ちが高まり、幸運にも修士論文に取り組むなかで新資料「部落常会記録」と出会ったことで博士課程~現在に至る研究テーマを見定めることができました。「あこがれ」のみで突っ走ろうとする私に対し、学部時代・修士課程・博士課程の3人の恩師は、時には厳しく、見捨てることなく研究者としての心構えやスキルを叩きこんでくださいました。その過程で更なる新史料との「出会い」にも恵まれました。その積み重ねが、結果として研究者になる道を形作ってくれたのだと思っています。

Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。

児童や地域住民と向き合った小学校教員について

教育学・教育史に入り込むきっかけが小学校教員への「あこがれ」だったので、一貫して小学校教員の可能性(や限界)の追究を大きなテーマとしています。具体的には、二宮尊徳の「報徳思想」を教育学的に読み解き、教育実践へと生かしていった足跡を辿っています。1930年代、全国の校庭に「金次郎像」の建立ブームがありましたが、静岡・富山・福島・神奈川・栃木・島根などで、児童自身に生活を振り返り、自ら生活目標を立てさせていく「報徳教育」が生み出されていました。特に神奈川県福沢小学校では、児童の「主体性」を重視する実践を、戦後新教育を経て、「話し合い活動」の授業論・教師論として発展させていきました。その内実に迫り、戦中・戦後の時代を越えて教師を惹きつけた「本質」を見極めようとしています。近年では、実際に小学校の校内研究にも携わり、現代の教育課題にとって何が生かせるのか、という新しいチャレンジも始めています。

Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったこと?

少年老い易く、学成り難し

大学院博士課程2年のときに父を亡くし、間もなく母も癌を患うという出来事が続きました。未だまとまった論文の発表にも至っておらず(学会誌投稿論文も不採用)、自分は何をやっているのだ、と激しく自問自答し、研究の継続を断念するほど悩みました。一度、小学校教員として教育現場に出たのも、そうした苦悶の一つです。そのような自分を見捨てず、支え続けてくださった恩師をはじめ、周囲の方々の優しさは、今も身に染みています。教育現場では、現在の研究にも生きる「実感」や「経験」をさせていただくことになり、結果として、とても良かったと思っています。

Q.大学院で学ぶことの魅力とは?

徹底して「問い」と向き合い、「没頭」できる

大学院で学ぶこととは、各自が抱く、世界や社会の様々な事象への疑問を徹底して調べ・考えぬいていくことです。そこに何の遠慮もありません。人と違った見方・考え方をしても、そこに客観性・妥当性があれば「新知見」として認められます。人から与えられるのではなく、徹底して「問い」と向き合い、それに没頭できる時空間が大学院生活には広がっています。教育学専攻には、学部時代の研究テーマを更に深めるべく進学して来た方、これまで長く教育現場を経験された方、そして各分野で業績豊富な教員陣がおります。互いに明確な「問い」をもち、それを忌憚なく「論理」や「考察」をもとに論じ合うため、その交流は「深み」をもったものになります。分野の違いを越えて、物事の見方・考え方の違いを刺激し合える場があります。

Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。

いつでも、誰にでも「スタートライン」は開かれている

「問い」とは、ぼんやりと抱くだけでは見えないものです。他者に向けて発信し、それを「問い返される」ことで、よりクリアになっていくものです。そして、その先に新たな物事の「見え方」や「問い」が広がってきます。教育学専攻には、年齢も経験も様々な方々が集い、それぞれの「問い」を追究し合っています。いつでも、誰にでも「スタートライン」は開かれています。また、教育学専攻では、「修士」や「博士」といった学位取得のほかにも小学校・中学校・高等学校の専修免許が取得できます。さらには特別支援教育の博士課程を有しているのも特色です。「問い」をクリアにし、より高い資質を備えた教育専門家を目指したい方を、私たちは心待ちにしております。


プロフィール

須田将司教授

氏名:須田 将司(すだ まさし)

経歴:現在、東洋大学大学院文学研究科教育学専攻 准教授

 2004年東北大学大学院教育学研究科博士課程修了、東北大学総長賞(2003年度)、博士(教育学)。

   仙台市公立小学校教諭を5年間務めた後、2009年より現職。

   日本教育史学会第23回石川謙日本教育史研究奨励賞(2010年)。

専門:日本教育史、教育学

著書:『昭和前期地域教育の再編と教員‐「常会」の形成と展開‐』(2008年)など


(掲載されている内容は2016年5月現在のものです)