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TOYO people:卒業生インタビュー 障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん

TOYO people:卒業生インタビュー 障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん

2015年9月9日更新

目の前にある「興味」が、人生の道を切り開いた

障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん
障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん

パラリンピック出場を目指す、障がい者の水泳選手を指導している峰村史世コーチ。青年海外協力隊での海外活動をきっかけに障がい者水泳の指導の世界に入り、2004年のアテネパラリンピックではマレーシア代表のコーチとして参加。帰国後、日本初の障がい者水泳プロコーチとなり、北京、ロンドンの2大会連続でヘッドコーチを務めるなど、世界を股にかけた活躍をしています。そんな彼女のルーツは、「興味」あるものに打ち込んだ大学時代にありました。

大学時代の経験を生かして世界のステージへ

大学では社会学部社会福祉学科に所属しており、幼いころから続けていた水泳を生かせる活動として、ライフセービングのクラブに所属し、活動に打ち込んでいました。その中で水泳教室の指導をする機会があり、障がい者の水泳クラスを教えたこともあります。福祉を学んでいたこともあって、健常者と障がい者の隔たりを感じることなく、いろいろな環境で指導のお手伝いをしていました。今思うと、それが指導者へのきっかけだったと思います。

また、当時から「海外」にも興味があり、お金を貯めては1カ月ほど海外旅行に行くような生活をしていました。そうするうちに、訪れるだけの旅行ではなく、いつか海外で生活したいと考えるようになりました。
そこで卒業後に私が選んだのが、青年海外協力隊でした。自分の中にあった「海外」と「水泳」を生かせる道を見つけ、マレーシアで水泳の指導を行うようになったのです。さらに2度目の派遣では「福祉」が加わり、障がい者水泳の指導を本格的に行うようになりました。

世界中どこでも変わらない、コミュニケーションの大切さ

峰村さんの指導風景

海外で指導すると、さまざまな場面で文化の違いを感じることがあります。言語はもちろんですが、マレーシアは多民族国家なので、たとえば、イスラム教徒は女性が肌を出すことが問題になったり、断食期間に入って練習がストップすることもありました。しかし水泳の指導の本質は、指導者一人ひとりが勉強して、独自の方法を築いていくもの。水泳の現場だけを見ると、日本との違いはそれほどないように思えました。

そんな水泳指導の中で私が大切にしていたのは、選手と密にコミュニケーションを取ることでした。障がい者水泳の選手は、一人ひとり障がいの種類や度合いが異なります。泳ぐフォームひとつとっても、腕が1本、足が1本ないとバランスの取り方が全く異なるのです。五体満足の私には、彼らの体の状況を真似ることはできても完全に理解することはできません。障がい者水泳で理想的な泳ぎを見つけるのは、本人にしかできないことなんですよ。
だから私は、ただ練習方法を教えるのではなく、選手とたくさん話をしながら彼らの障がいと向き合って、その人オリジナルのフォームや練習方法を一緒に探したい。選手が持つ力を引き出してあげたいと思いっています。

誰でも平等に楽しめる水泳の魅力

障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん

日本に戻って指導をはじめると、日本とマレーシアの障がい者水泳の違いを感じるようになりました。
多くの障がい者がスポーツを「楽しめる」という環境は、日本の方が整っているように思えます。しかし、「競技に集中する」ための環境という面では、マレーシアの方がかなり進んでいたように感じます。
私がマレーシアの代表コーチとして2004年のアテネパラリンピックに参加したときは、国のトップ選手が利用するナショナルトレーニングセンターで練習していました。日本では、代表チームの選手たちの練習は都内の大学のプールなど、さまざまな場所をお借りして行っていますが、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピック以降、不定期ながらナショナルトレーニングセンターを利用できるようになってきました。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックが決まってようやく、障がい者水泳も選手育成に力を入れるようになりましたが、選手育成や練習環境の整備はまだ危機的な状況だと感じています。

水泳とはどんな障がいを持っていてもチャレンジできる唯一のスポーツです。頸椎損傷などで体が少ししか動かなくても、浮くことができれば楽しめますし、自分の体だけで速さを競うという意味では、健常者と同じ条件で競技ができると思います。今は一般の「水泳」と「障がい者水泳」はまだまだ共存できていませんし、オリンピックとパラリンピックでは名前も競うステージも異なります。しかし、誰もが楽しめる「水泳」という競技の中では、皆が同じ選手として、一緒に競い合える。そんな未来がくるとうれしいですね。

「興味のあるものに踏み込んで――」学生へのメッセージ

大学時代を振り返ってみると、私ははっきりとした将来の夢は持っていませんでした。もちろん明確な目標があることはいいことですが、焦って将来の目標を決めなくてもいいと思います。その分、その時その時に興味のあるものに思い切って踏み込んでみればいい。私の場合は「水泳」「海外」「福祉」を追い続けた結果、いろいろなことが重なって、現在の道にたどりつきました。
まだ何もないということは、無限に広がる可能性があるということ。慌てずに、好きなことを思いっきりやればいいと思いますよ。

障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん 障がい者水泳日本代表ヘッドコーチ 峰村史世さん

プロフィール

峰村史世(みねむら ふみよ)

1996年、東洋大学社会学部社会福祉学科卒業。1997年に青年海外協力隊水泳隊員としてマレーシアに派遣され、現地で水泳を指導。2004年アテネパラリンピックマレーシア代表コーチを経て帰国。障がい者水泳日本代表コーチを務める。自身のチーム「MINEMURA ParaSwim Squad」を結成し、パラリンピックを目指す若手選手の指導も行っている。一般社団法人日本身体障がい者水泳連盟理事。

サイトMINEMURA ParaSwim Squad

取材協力:立教大学