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東洋大学のカタチ:創立者を知る  井上円了とは

東洋大学のカタチ:創立者を知る 井上円了とは

2015年6月4日更新

創立者 井上円了とは

井上円了

文明開化に生まれた 円了の学問への思い

東洋大学の創立者である井上円了は、1858(安政5)年に越後国長岡藩(現在の新潟県長岡市浦)慈光寺の長男として生まれました。10歳から漢学や算数を学ぶと、16歳で新潟学校第一分校(旧長岡洋学校)に入学。ここで洋学に触れた円了は、19歳で京都東本願寺の教師教校英学科に進学。23歳で東京大学文学部哲学科に入学します。
東京大学で若き円了の人生を変えた学問が「西洋哲学」でした。哲学を学んだ目で改めて日本の学問を見つめた円了は「洋の東西を問わず、真理は哲学にあり」と確信します。哲学とは物事の原理・原則を探究する学問であり、あらゆる学問の基礎となる――この考えから、円了は新しい教育機関を構想するようになります。
そして1887(明治20)年、29歳の円了は東洋大学の前身「哲学館」を創立します。時代は欧米の価値観を求める文明開化。その中にあっても、西洋・東洋双方の哲学を探究することが日本の近代化につながるはず。そんな円了の信念が成し遂げた船出でした。

常に世界を見据える 哲学教育の先導者

円了が目指す教育は「自分なりの哲学や考え方を持ち、主体的に行動する『独立自活』の人、知性と人間性を兼ね備える『知徳兼全』の人を養成すること」。「哲学館」では東西の哲学を中心に社会学や教育学、心理学、妖怪学、外国語学習まで多彩な授業が行われました。
また、円了は当時難しかった世界旅行を3度も行ったという記録が残されています。目的地は欧米をはじめ、南米やオーストラリアと広範囲。海外での経験をすぐに教育現場に取り込み、常に世界を見据えた教育を行ってきました。さらに社会教育に取り組み、大学引退後は巡回講演を実施。その数は生涯で5,000回以上、聴衆は130万人にのぼります。
信念を持ち、生涯、教育者であり続けた円了。日本に多大な影響を与えた1人といえるでしょう。

東洋大学発祥の地「麟祥院」
東洋大学発祥の地「麟祥院」