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刺激をもらえる仲間が心の支えに

刺激をもらえる仲間が心の支えに

2014年3月4日更新

刺激をもらえる仲間が心の支えに

サッカー国際審判員(副審)の相樂 亨さん

2014 年6月に開幕する2014FIFAワールドカップブラジルTMの審判団が発表され、日本からは相樂亨さんを含む3名が選出されました。世界を舞台に活躍する相樂さんに、これまでの軌跡と今後のキャリアについて伺いました。

2010年のワールドカップ南アフリカ大会に引き続き、2014年6月12日に開幕するブラジル大会でも副審を務めることが決まった相樂亨さん。「ミスが許されない仕事なので、とにかく誤審なく終えたい」と気を引き締めます。

相樂さんは栃木県立宇都宮北高校時代に、国際審判員(主審)だったサッカー部の監督から勧められて、4級審判員の資格を取得。「審判が足りないから手伝えと。東洋大学への進学が決まっていた私に白羽の矢がたったのです」

サッカー部と栃木の審判をかけもち

東洋大学入学後は体育会サッカー部で活動しながら、栃木県サッカー協会で審判を続けました。平日は朝霞キャンパスのグラウンドで練習し、週末は栃木で審判をする4年間で、土日のサッカー部の試合には出場できない変わった部員だったと言います。

相樂さんは審判の魅力を「審判はサッカーとは別の種類のスポーツ。選手並みのフィジカルに加え、判断力と試合のマネジメント能力が必要で、試合後には高い満足感が味わえます」と説明します。

そんな魅力に染まった相樂さんは、栃木の信用金庫に就職後も高いレベルの審判員を目指しました。2002年に1級審判員の資格を取得。このころから副審に専念してJリーグの試合も担当していました。しかし、次第に仕事で大きな案件を担当するなど、両立が難しくなっていったそうです。

将来はコンサルタントに

「審判を続けるには会社を辞めるしかない」。そう決心した相樂さんは、収入を得るために中小企業診断士の資格取得のため勉強を始めます。学生時代に培った集中力、気持ちの切り替えが役立っていると言います。07年に念願の国際審判員(副審)になり、診断士の試験にも合格。コンサルティング会社への就職を考えていましたが、09年に日本サッカー協会から国内初のプロフェッショナルレフェリー(副審)を打診され「やります」と即答したそうです。

ワールドカップの舞台に立つまでに、さまざまな経験を積んだ相樂さんですが、最も大変だったのは大学時代だったと振り返ります。「当時は授業や部活に加えアルバイトもあり、寝ないで審判をしたこともあります。でもそのハードな経験があったから、卒業後も頑張れた」

サッカー部の友人たちの存在も大きいそうです。「今でも頑張っている仲間が多い。彼らに比べると私は大して頑張っていないと思うんです」

国際審判員の定年は45歳。現在37歳の相樂さんは、今後のキャリアを考え税理士の資格取得を目指して勉強を始めています。「スポーツ競技団体に強いコンサルタントが目標です。経営難に苦しんでいる団体は多いので、スポーツも知っている、経営や会計、税務も分かるコンサルタントのニーズは高いと思います」

好きなことを夢中になってやる

目標に一歩ずつ近づいていった相樂さんは「好きなことを夢中になってやってほしい」と後輩たちにアドバイスします。「夢中になってやっていると必ず道は開けます。好きなことが見つかっていない人は、情熱を燃やして見つけてほしい。卒業後も刺激をもらえる友人を見つけることも大切でしょう」

2012年ロンドンオリンピック ブラジル対ベラ
ルーシで副審を務める相樂さん

プロフィール■相樂 亨(さがら・とおる)さん
1976 年生まれ、栃木県矢板市出身。99 年に東洋大学経済学部経済学科を卒業後、地元金融機関に勤務(~2006年)。2002年に1級審判員資格を取得。07 年に国際審判員(副審)に登録し、09年にはプロフェッショナルレフェリーに登録(国内初のプロフェッショナルレフェリー(副審))。Jリーグ最優秀副審賞(07年ほか6回)、アジア最優秀レフェリー(2010年)などの受賞歴がある。