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精神上の師・勝海舟との出会い

精神上の師・勝海舟との出会い

2013年8月9日更新

精神上の師・勝海舟との出会い

円了が「精神上の師」と仰ぐ勝海舟

1889(明治22)年7月、海外視察を終えた井上円了は、哲学館の改革に向けて動きます。円了が欧米諸国の大学を視察して感じたのは、(1)一国の独立にはその国固有の学問の発達(2)指導者の教育法は人間の人物・人品・人徳もあわせた養成などでした。そのため、哲学館を欧米の大学と同様の組織にすることで、日本の教育を改良しようと考えたのです。

帰国直後の8月には「哲学館将来の目的」を発表します。

その中では、日本固有の学問(神道・儒教・仏教、哲学・歴史・文学など)を基本として、より深く理解するために、西洋のさまざまな学問を用いて「日本国の独立、日本人の独立、日本学の独立」を目的とした学校をつくろうと訴えました。

幕末の代表的な政治家・勝海舟も、円了の新しいビジョンに賛同したひとりです。ある時、67歳の勝海舟が31歳の円了に会ってみたいと言ったことから2人の出会いが実現。初めての会談後、円了は「海舟翁は余が精神上の師なり」と述べたとされています。

円了は、本郷区駒込蓬莱町28番地に新校舎を建設することを決断し、寄付を募りました。寄付金は順調に集まり新校舎の建設は進行しました。ところが、完成間近の1889(明治22)年9月に大型台風が来襲、新校舎は完全に倒壊してしまったのです。

しかし、円了は信念を曲げませんでした。そんな円了を陰日向から支えたのは勝海舟で、新校舎の再建工事が始まったことを知り、赤坂の私邸に円了を呼び100円という大金を寄付しました。

再建工事は急ピッチで進み、わずか1カ月半後には、木造2階建ての校舎と2階建ての寄宿舎が完成。11月から授業を開始したのです。


本郷区駒込蓬莱町に竣工した木造2階建ての新校舎


新校舎竣工記念に勝海舟が贈った仏像