1. トップページ >
  2. Play Back > 2013年度 >
  3. 井上円了を知り、大学のルーツを知る
井上円了を知り、大学のルーツを知る

井上円了を知り、大学のルーツを知る

2013年6月1日更新

井上円了を知り、大学のルーツを知る

創立者を知ることは、大学のルーツを知ることです。創立者 井上円了を知り、それをきっかけに東洋大学で学ぶ意義を見つけてください。

井上円了(1858-1919年)

● 円了が育った時代

幕末に新潟県の寺の長男として生まれた井上円了は、幼い頃から仏教、漢学などの学習を積んでいました。多感な青少年時代はちょうど明治維新という大きな歴史の転換期にあたりました。当時、日本の目は西欧先進諸国に向けられ、文明開化の名のもとに、日本従来の思想を古いものとして否定し、西洋から入ってくる新しい価値を追い求めていました。

● 哲学への目覚め

1881(明治14)年、東京大学文学部哲学科に入学した井上円了も、時代の流れに違わず「西洋」の価値に惹かれ、西洋哲学に真理を求めていました。しかしある時、幼い頃から身近にあった仏教を西洋哲学を学んだ視点で見直すと、そこに数千年の歴史を持つ「東洋」の哲学があることを発見したのです。「洋の東西を問わず、真理は哲学にあり」と確信します。

● 哲学で文明開化

「哲学」はギリシャに始まる「philosophia(フィロソフィア=フィロ(愛し求める)+ソフィア(知恵))」が語源とされています。井上円了は「知恵を愛し求める」ことが、文明の発展には不可欠であること、西洋哲学に加えて東洋哲学の研究が必要であり、それこそが日本の文明を開化させていくと訴えます。

● 哲学の学校

1887(明治20)年、哲学の普及を目的として井上円了は29歳という若さで「私立哲学館」を創立し、20年にわたる独力経営で私学「東洋大学」に発展させました。皆さんの選んだ「東洋」の名には、こんなあゆみがあったのです。

● 円了のいう哲学

井上円了が目指した教育は、哲学者の養成ではなく「思想や精神を練磨する術、他に応用する能力を身に付ける」ことでした。つまり『自分なりのものの見方・考え方を持ち、自分なりの哲学をもって行動できる人になる』ことです。

円了ってどんな人?

◆偉大なる冒険者

生涯において一人で3度の世界旅行を行った。「何でもこの目で確かめよう」という精神の持ち主。写真は、円了が全国巡講に携えた鞄。

◆妖怪博士

迷信・俗信などの不思議や妖怪について、哲学、自然科学の知見から解明を試みた。写真は、哲学館での講義をまとめた『妖怪学講義』。

◆哲学堂公園を造った人

東京・中野区にある“心を養う哲学の公園” 哲学堂公園を創設。詳しくは「哲学堂公園ページ」を参照ください。

サイト哲学堂公園

諸学の基礎は哲学にあり ─自分の哲学をもつこと

現在、日本にある私立大学の数は約700校。私立大学が存在するその数だけ、建学の精神と教育理念があります。東洋大学には「諸学の基礎は哲学にあり」という他には類のない建学の精神があります。

「哲学」という言葉が初めて使われた明治時代から、哲学の欠如が問われ、その必要性が叫ばれるようになった現在まで継承されています。

建学の精神を基盤とした教育理念には「自分の哲学を持つ」などを掲げています。多様な価値観を学び理解し、一人ひとりが人生観や世界観といった自己の哲学を養っていきます。