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TOYO people:文学部 教育学科 斎藤里美教授 

TOYO people:文学部 教育学科 斎藤里美教授 

2014年8月29日更新

「学び」とは、世界を知ること。
そして、自分に何ができるかを考えること。

文学部 教育学科 斎藤里美 教授
文学部 教育学科 斎藤里美 教授

世界を読み取ることで、日本の教育の“今”を浮き彫りにする斎藤里美教授。

グローバル時代だからこそ考えるべき教育の課題とは?

そして、これからの時代、人は何を学び、どんな未来を目指していったらいいのか?

常識を揺さぶる、逆さまの「世界地図」

もし私たちが200年前の日本に生きていたら、現代とはまったく異なる能力が必要になります。英語やパソコン技術が要らなくなる代わりに、自然や農業に関する知識や技術が必要になるでしょう。当たり前のことですが、教育の課題は、その時代や社会のありようによって変化します。これからの時代、人は何を学び、どのような課題を解決していったらいいのでしょうか。私の専門である「教育社会学」は、社会とのかかわりの中でこれを探求する学問です。

そして、もう一つの専門「比較教育学」も、重なるところがあります。社会変動に着目する「教育社会学」に対し、「比較教育学」は多様な地域や国の教育を比較し、その共通性や異質性を考える学問。どちらも、“今、ここ”という枠の中で問題を考えるのではなく、別の時代や別の地域といった外からの視点で、教育の姿を相対化していくものです。

たとえば、日本では「不登校」の子どもが約12万人もいるということが大きな問題として取り上げられますが、アメリカやイギリスでは少し事情が違います。アメリカやイギリスでは、ホームスクーリング(家庭で学ぶこと)が正規の就学として認められているため、学校に行かないことよりも、公立学校の教育の質がより大きな問題です。学校以外に教育を受ける場があれば、不登校に対する評価はまったく異なってきます。

大切なのは、一度視点を変えてみること。オーストラリアの世界地図として知られている「アップサイドダウン・ワールドマップ」を見てみましょう。南半球の人たちが見ている地図は、私たちが知っているものとは上下が逆。「視点を変えるだけで世界の見え方はこんなに違うんだ」と実感することができます。

世界地図「アップサイドダウン・ワールドマップ」と冊子型地図『格差の世界地図』
斎藤教授が机上に広げたのは、オーストラリアで使われている
世界地図「アップサイドダウン・ワールドマップ」。上に南半球が、下に北半球が描かれている。
冊子型地図『格差の世界地図』には、地域による格差が色分けされている。

ただ、日常生活の中で視点を変えるのは、なかなか難しいことです。まずは“違い”を知り、その背景に着目すること。私の担当する「比較社会論」という授業では、The Atlas of Global Inequalities の邦訳である『格差の世界地図』(丸善書店)を使いながら、所得格差、平均寿命、児童労働、言論の自由、識字率などの視点から、国家間、地域間でどのような格差が生じているか、また格差が生まれる背景に何があるのか、格差縮小に向けて教育にできることは何かを議論します。

もちろん、児童労働と聞いて、子どもがどんな労働をしているのかイメージがわかない学生もいますが、そんな学生たちも、「水汲み」「薪取り」「少年兵士」と聞くと、はっとするようです。自分たちの暮らしが「当たり前」ではなく、世界には多様な歴史的、政治的、経済的背景をもった地域があること、またそれぞれが独自の課題を抱えていること。教育学を学ぶ学生には、ぜひそのことを知ってほしいと思います。

グローバル時代のキーワードは「しなやかさ」

グローバル化と少子高齢化が進む日本においては、近い将来、これまで以上に海外からの外国人を受け入れるようになるでしょう。すでに、人口の約15%が外国籍の住民という群馬県大泉町のような地域もあります。そのような地域では、教育システムにも従来と異なる仕組みが求められます。外国から移住してきた人々と従来から住んでいる人々、またそれぞれの子どもたちとの間の文化や考え方の違いをどう認め合うかが大きな課題になるでしょう。

移民受け入れ先進国といわれる国には、オーストラリアやカナダのように多様性がその国の魅力になっている国もあれば、逆に格差が広がり、摩擦が深刻化している国もあります。ドイツでは、移民1世、2世と世代が進んで定住期間が長くなっても、その国生まれの子どもと移民の子どもとの学力格差は逆に大きくなってしまうという現状があります。

多様性が格差や分断につながらないようにするために教育に何ができるのか、それが私の今の研究テーマです。

その答えの一つは「しなやかさ」ではないかと思っています。多文化社会では、どんな小さなことでも表現しなければ真意は伝わりません。どれだけ言葉を尽くしても理解されない場合もあります。そのようなときに「相手から見たら、自分の言動はどのように見えるのだろうか」「なんらか歴史的、文化的背景があるのでは」と考える「しなやかさ」が大切だと思います。善悪や好悪の判断を一旦保留して、「想像する」「聴く」「考える」「伝える」「待つ」というしなやかさを社会全体の仕組みとして組み込んでいくこと、また社会を構成する人々がそれを共有していくことが、グローバル社会における教育の課題ではないでしょうか。

視野を変えれば、歩むべき道が見えることもある

視野を変えれば、歩むべき道が見えることもある

グローバル社会もいい面ばかりではありません。国境を取り払った自由な社会は逆に、「ここは日本だから」というエクスキューズが効かない厳しい社会でもあります。でも、グローバル社会をいたずらに怖れる必要もありません。

「世界どころか、自分が何をやりたいのかもわからない」という学生もいるかもしれません。そんな時こそ、ぜひ世界を見渡してみてください。今、世界には課題が山積しています。そのいずれもが若い人の力を必要としています。ユニセフとWHOの最新の報告書によれば「世界では、7億4,800万人が安全な水源を利用できない状況の中で暮らし、25億人が改善された衛生設備(トイレ)を使用できない環境に置かれている」と言われています。また『世界子供白書2014』によれば、サハラ以南のアフリカでは、15~24歳の若者の識字率はいまだ7割です。この地域の3割の若者は読み書きができないのです。

これを知っただけでも、「社会のためにできること」がたくさんあることに気づかされるのではないでしょうか。歴史学者である阿部勤也氏は「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のために何ができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況を教養という」と定義しました。これは、私自身にとっても大きなテーマです。

プロフィール

斎藤里美(さいとう さとみ)

お茶の水女子大学文学部教育学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科博士課程社会政策学専攻単位修得満期退学。1990年より東洋大学文学部。専門は、教育社会学、比較教育学。著書・監訳書に『多様性を拓く教師教育』(2014)、『OECD教員白書』(2012)、『移民の子どもと格差』(2011)、『移民の子どもと学力』(2007)、『シンガポールの教育と教科書』(2002)など。

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