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Play Back:日本初の男女共学の道を拓く 東洋大学初の女子学生「栗山津禰」さん

Play Back:日本初の男女共学の道を拓く 東洋大学初の女子学生「栗山津禰」さん

2016年6月1日更新

東洋大学は、日本で初めて男女共学を実現した私立大学です。最初の女子学生となったのは、教師としても活躍した栗山津禰(くりやまつね)さんでした。

今から100年前は、まだ良妻賢母が女性の鑑とされる時代。そんな中、女性が自立し、高い地位を目指すことができる唯一の職業が教師でした。栗山さんは教師を目指して、山形県の高等女学校を卒業後、上京します。

中等学校以上の教師になるには、男性は大学に進学するという方法がありましたが、女性の入学は認められておらず、女子高等師範学校へ入学するほか、文部省(現・文部科学省)の検定試験を受ける必要がありました。しかし栗山さんが目にした東洋大学の入学案内には、ほかの大学案内に記載されている「男性のみ」という記述がありませんでした。

文部省は女子の大学入学を認めていませんでしたが、当時の学長は学問において性別は関係ないという考えを持っていたため、栗山さんの入学を認めました。そして1916(大正5)年、東洋大学は専門学校令による大学の中で初めて、女子の入学を許可した私立大学となったのです。

栗山さんは国文学科に在籍し、どんな日でも遅刻・欠席することはなく、その勤勉な態度が尊敬の眼差しを浴びました。1920(大正9)年には東洋大学を首席で卒業。教師になるための試験に見事合格し、東京府立第五中学校(現・東京都立小石川中等教育学校)で最初の漢文科女性教師として教壇に立ちました。男子中学校に女性教師が就任するのは日本教育史上初ということもあり、新聞などの取材が殺到したといいます。

栗山さんの後を追って、女子の入学者数は年々増加。作家として活躍後、東洋大学の教授となった野溝七生子さん(1924年卒)、女性民俗学者として多大な功績を残した瀬川清子さん(1925年卒)、そして大学卒業後に教諭として京北中学校に赴任した花崎貞さん(1925年卒)などの名前が知られています。

2016年、東洋大学は男女共学100周年を迎えました。女性が大学教育を受けられるようになった背景には、栗山さんのような先駆者たちの存在があったのです。

栗山津禰さん
教師として赴任した栗山津禰さんを紹介する新聞記事(東京朝日新聞、1921(大正10)年10月18日)