狭衣

狭衣1

平安後期に成立したとされる『狭衣物語』。『無名草子』では「『狭衣』こそ『源氏』に次ぎては世覚えはべれ(世間の評判が高い)」と高く評価されている。本書は流布本と異なる混合本系統であり、鎌倉時代当時に混合本が成立していたことを示している。

主人公狭衣大将は天皇と皇后の間に生まれた嫡子でありながら臣籍降下した堀川の大臣の一人息子。同じ邸内で兄妹のように育てられてきた従妹の源氏の宮に思いを寄せているがその恋は実らない。狭衣は失意のまま飛鳥井女君、女二宮、一品宮などと出会うもそれぞれ失意の思いを重ねることとなってしまう。ままならぬ恋ばかりであったが、やがて、天照大神のお告げで狭衣は帝となるという物語。

〈第1巻巻頭〉
第一巻巻頭

「せうねんのはるおをしめともとゝまらぬものなりけれはやよひも廿日あまりにもなりぬ。御まゑの木たちなにとなくおをみわたりてこくらきに、なかしまのふちは松にとのみもおもはすさきかゝりて、山郭公まちかをにいけのみきわのやえ山ふきはいてのわたりにことならす……(少年の春惜しめども留らぬものなりければ、三月も二十日あまりにもなりぬ。御前の木立、何となく青みわたれる中に、中島の藤は、松にとのみ思ひ顔に咲きかかりて、山ほととぎす待ち顔に池の汀の八重山吹は井出のわたりに異ならず……)」

『狭衣物語』冒頭文。白楽天の詩句「燭ヲ背ケテハ共ニ憐レム深夜ノ月 花ヲ踏ンデハ同ジク惜シム少年ノ春」(『和漢朗詠集』春夜)を踏まえた表現で、春から夏へ季節の移り変わりと、主人公の狭衣が少年から大人への成長する時間の推移をあらわしている。

書名『狭衣(さごろも)』
数量4巻4帖
作者六条斎院宣旨(源頼国女)か
特記事項重要文化財
書写/刊記/伝来鎌倉末期写
伝二条為明(1295-1364)筆
巻一・三、巻二・四の両筆に分かれ、二名による寄合書か
烏丸光栄(1689-1748)旧蔵
装訂/
大きさ
列帖装
枡形本
16.2×15.5糎
表紙/料紙表紙は藍地金襴梵字紋様
見返しは金箔布目
料紙は斐楮厚様
その他
書誌事項
外題・内題なし
書名は箱書による
金砂子蒔地内箱蓋に飛鳥井雅庸(1569-1616)筆「狭衣」銀泥題書
古筆了仲の極札と添状・光栄の押紙あり
翻刻『狭衣物語諸本集成』第1巻(笠間書院 1993年)