古典文学作品の本文は、書写を重ねながら受け継がれてきたための写し間違いや、作者だけでなく読者も編集・改訂を行うなどしてきたため、さまざまな種類の本文系統が残されています。「枕草子」には、一般に広く読まれている「三巻本」、昭和以降に三巻本が主流となる前に読まれていた「能因本」、現存最古の「前田家本」、そして「堺本」と4種類の本文があります。本文比較をすると、「春はあけぼの」の段だけでも、三巻本では中学校の教科書にも載っている一般的文章、堺本は文章の量も多くて語句も異なり、一見して違いがわかります。こうした本文系統ごとのさまざまな異なりから、どのようなことが読み取れるでしょうか。例えば女性について、「女は」の段で、三巻本は、女は内侍(ないし)、典侍(ないしのすけ)と書かれており、身分の高い貴族の娘が社会経験を積むことを勧めるような記述が見えます。清少納言が内侍的立場にあるという研究もあり、女性の理想的なありようが描かれているともいえます。一方、堺本では女はおっとりとしてかわいらしい様子、といった表現です。また、「ゆかし」という、見たい、知りたいという気持ちを意味する古語についても、三巻本では清少納言が「ゆかしがる女房」として登場し、女性たちが主体となる例が多く示されますが、能因本では憎らしい話、堺本ではにくきもの、の中で使われています。古典作品は、正しいか誤りか、にとどまるのではなく、それぞれの特徴を捉え、相対化し、理解を深め、そこから時代背景や後世への影響などについて考察することができます。広い視野を持ち、一層豊かに古典文学文化の世界を味わいたいものです。

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山中 悠希准教授文学部 日本文学文化学科

  • 専門:平安文学
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