みなさんは、手作業は手のはたらきであって、物が見えるのは目のはたらきであると考えるかもしれません。しかし実は、それらは脳のはたらきです。例えば同じ長さの線が並んでいても、上下に角度の違う矢印がついていると長さが違って見えたり、遠近法で表すと、平面なのに奥行があるように見えたりします。私たちの脳は、手前に見えるものの方が短いと感じ想像する処理を自動的に行っているのです。これは、太古の狩猟の時代、命を守るために遠くに見えるものが大きいか小さいかを即座に判断する必要があったことから、進化的に獲得してきたのでしょう。また、バラの花の赤い色を目で見ると、網膜から視床の外側膝状体を通って大脳皮質の一次視覚野、高次視覚野に情報が到達し、処理をされて赤いと判断されますが、これを決めているのは、バラ自体の色素や光の加減などのほか、観察者の視覚機能や経験なども関係しています。さらに、見つめ合う2人の顔に見えたり花瓶に見えたりする一枚の図をしばらく見続けていると、どちらかに見えるのではなく、両方が交互に見えてくるという「知覚のスイッチ」の現象が起こります。これは、大脳皮質の中にある顔の情報を処理する顔領域の信号強度が、顔知覚時もその前も、有意に大きいためです。このように「知覚現象」は、対象と環境と主体である脳の相互作用であり、なかでも特に自律的な活動が関与していることが明らかです。つまり、ものを見ているという行為は、目が見ているのではなく、脳の働きそのものなのです。

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田中 尚樹教授理工学部 生体医工学科 生体システム工学研究室

  • 専門:生体情報処理における非線形解析
  • 掲載内容は、取材当時のものです