現代社会はデジタル社会そのものです。私たちの日常はデジタルに取り囲まれ、とても豊かな生活へと導かれています。しかし、その一方で、デジタル特性に支えられコミュニケーションのパーソナル化(個別化)が進んでおり、従来以上に家族や人間関係の希薄化が囁かれています。OECD諸国と比較した日本の幸福度を表す「How’s Life in Japan」の調査でも、社会とのつながりや環境の質といった生活の満足度などが、多くの項目で数値が低い結果が出ています。これはデジタル化によって生まれた隙間を余暇や趣味などの豊かな生活に使うのではなく、常にスマートフォンを携帯し、休日関係なくメールの確認をするなど仕事に追われ、ストレスを助長してしまっている現状があるからでしょう。一方、国別ネットワーク整備指数で常に上位に位置するフィンランドの場合、日本よりもずっとIT大国であるにもかかわらず生活満足度が非常に高いことが知られています。これはフィンランドの教育の根幹には、常に「Miksi(Why)?」を考えさせ、正答を出すこと(結果)よりも、結果に至るまでのプロセスを重視する教育があるからだと考えます。すぐに結果が出る便利なデジタル知(形式知)があっても、過程や経験知(アナログ知)を大事にしているからこそ、便利さを享受しながら、昔からの生活を崩さず生活満足度が保たれているのです。日本はデジタル知に依存し、形式的な便利さに飛びついてしまっています。本当に豊かな社会生活を営むために私たち日本も、昔の人が紡いできた、失敗を辿りながら発展していくアナログ知との調和を求められているのではないでしょうか。

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淺間 正通教授ライフデザイン学部 健康スポーツ学科

  • 専門:情報社会論、異文化コミュニケーション
  • 掲載内容は、取材当時のものです