福祉サービス供給主体の多元化に向けた動きである、古くて新しい課題「公私関係論」の出発点を明らかにします。19世紀のイギリスは第1回、第2回の万国博覧会が開かれるなどの繁栄が見られるなかで、貧富の格差の問題を抱えており、それを補う慈善団体が急増しました。しかし、病院、貧民収容所、児童養護施設など、600以上の団体が、明確な共通の原則もないまま不統一な活動を展開していたため、ある程度組織的に整理をする必要がありました。そこで設立されたのが、ソーシャルワークの源流である慈善組織協会(COS)でした。選別主義をとるCOSは、不憫な状況にありながらも道徳心を持った「救済に値する者」だけを対象としました。そして「救済に値しない者」を対象としたのが、公的な部門の救済制度である「救貧法」です。慈善と救貧法が重複したり、相互に衝突したりする恐れを除き、機能を適切に遂行するために両者の協同や区別を促進することを目的として公示された「ゴウシェンの覚書」は、救貧法と慈善の範囲を相互に排他的な領域として位置づけた最初の公的見解でした。こうして救貧法当局の公認によりCOSは強化されていき、イギリスの社会学者によって、救済法とCOSは互いの領域を侵さず、行政が最低限の生活水準を保障し、民間部門が公的部門では果たせない独創的で柔軟な活動や宗教的・道徳的感化といった活動を担うべきだとされました。これが、今日につながっているのです。

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金子 光一教授社会学部 社会福祉学科

  • 専門:社会福祉学、社会福祉発達史
  • 掲載内容は、取材当時のものです