ネパール出身の私は、来日して初めて入った大学寮のお風呂で、日本人学生たちが素っ裸で現れたことに大変驚き、恐怖すら覚えました。なぜならネパールでは、大人が裸で他人の前に現れることは、大変非常識で失礼な行為とみなされるからです。また、ミャンマーでは返事を「はいはい」と2回繰り返すことは、目上の人に対する尊敬を意味します。しかし、日本ではそうは捉えられません。このように、“常識”の捉え方の違いが、異文化間の“誤解“を生む要因になるのです。常識は、文化によって異なります。その一つの理由は、文化が先天性のものではなく、学ぶものだからでしょう。人は文化について、両親や友達、先生といった人々と交流しながら学んでいくのです。もう一つ重要なのが“認知”です。私たちは、周囲の環境から学んだ文化をさまざまな経験を通して知識を身につけ、日々の生活の中で常識として実践します。みなさんは牛肉と聞くと、おいしいステーキや牛丼を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、ヒンドゥー教徒は、宗教や社会、法律の中で、牛は母なる神聖な生き物だと教えられているため、牛肉を食べることは忌まわしい行為とされ、牛肉を食べません。認知が文化に影響していることがわかります。このように、私たちは異文化体験を通して共に学び合うことができます。文化と認知の関係を学び、価値観や信仰や常識に対する人々の認知を理解することで、異文化コミュニケーションにおける誤解の解消に役立てましょう。

ph-joan.jpg

バイラ プラサド ビレンドラ助教文学部 国際文化コミュニケーション学科

  • 専門:英語教育、危機言語、異文化理解
  • 掲載内容は、取材当時のものです