哲学が長きにわたって何を問題にしてきたのかについて、古代ギリシャの哲学者プラトンを例に考えてみましょう。神話では、自然現象をはじめとするさまざまな現象について、神々を擬人化し、説明をしてきました。例えば、祈りをささげて雷を鎮めようとするなどです。一方、哲学では非擬人的な説明をします。例えば、雷は空気の動きの何かしらの作用が起こしている、物質の相互作用がすべての現象を起こしていると説明するのです。これは神話とは大きく違う考え方です。しかしプラトンは哲学者でありながら、この世界に起きているさまざまな出来事を、物質の相互作用だけで説明するのは不十分だと考えました。著書「パイドン」の中で、牢獄の中で刑死した、彼の師匠であるソクラテスが、逃げることもできたのに、なぜそこに座って刑死を受け入れたのかについて触れています。物質の作用だけで説明がつくなら「なぜなら、彼の骨が今そこに座っている状態だから」でしょう。しかしプラトンは、ソクラテスがその刑を受けることが正しいと判断したから、そこにいる、ソクラテスが目に見えない「正しさ」を持っていたからだと説明するのです。確かに、さまざまな現象は、目に見えるものだけでは説明がつかない、「正しさ」のような非物体的なものが作用している、と考えなければ説明がつきません。私たちがこうした目に見えないものについて語るとき、それは実際に何を語っているのかを考えること、それこそが哲学の重要な問題であり、中心課題なのです。

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坂本 邦暢助教文学部 哲学科

  • 専門:ルネサンス、近世哲学
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