室町時代に確立された能のことばは、王朝文化のことばが元となっており、和歌・漢詩文・仏教思想など、それまでの日本人の教養の積み重ねを礎に形成されています。なかでも、日本王朝文化の精髄である古今和歌集の影響は非常に大きいとされています。
日本最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』は、多くの和歌を愛する人によって広められ、四季の移ろいなどへの美意識が形作られます。鎌倉時代の秀歌撰である「小倉百人一首」では、『古今和歌集』などの古歌を引用して歌を作る本歌取りや、現代でいうアンサーソングのような歌を作ることで、王朝文化の美意識を受け継ぎながら新たな美学を作り出していきました。この頃から、歌だけでなく歌人も注目を浴び、崇拝された歌人が物語の主人公として登場し、伝承され、室町時代の能の作品にも受け継がれていったのです。
紫式部は『古今和歌集』で在原行平が詠んだ歌のイメージから光源氏像や物語を作ったと言われています。そして、能の作品である「松風」もまた、在原行平の詠んだ歌や、歌から生まれた在原行平像を元に作られた作品です。在原行平の「立ち別れ いなばの山の みねにおふる まつとし聞かば 今帰り来む」という歌の「待つ」という気持ちを表す言葉から「松風」という実ることない恋の相手を永遠に想う物語が生まれていることからも、一つの和歌から物語が膨らみ、日本の伝統、美意識が受け継がれていることが分かります。
和歌の力、言葉の力から日本的な四季意識や豊かな感性を学ぶことは、みなさんのこれからの人生に大きな影響を与え、自分の可能性を広げていくことになるでしょう。

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原田 香織教授文学部 日本文学文化学科

  • 専門:日本中世文学、能楽
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