台湾人作家、鍾理和(ショウリワ)の人生を通して、彼の転機となる出来事(結婚)の中にある社会の本質を探ります。
移民の島である台湾の、人口比わずか1割強の少数派民族「客家」系の家庭に生まれた鍾理和は、父の農場経営に携わっていた時に鍾台妹(ショウタイメイ)という女性に出会うも、客家の「同姓不婚」の掟に触れて結婚が許されず、中国大陸に駆け落ちをします。戦後台湾に戻ってからも、掟を破った夫婦に対する村人たちの仕打ちが続き、さらには、息子も夭逝し、自身も結核を患うなど多くの困難が続きました。そうしたなかで生まれた作品の多くは、いずれも自身の人生、客家の民俗が色濃く映し出され、「同姓不婚」もまた彼の文学の大きなテーマの一つとなっています。
なぜ同姓結婚が許されなかったのか?その背景には「妻を娶るには、同姓を取らず」という儒教道徳の規範があります。そして、少数者移民ゆえの、同族間の団結とそれを保証する「掟」の強化があります。なおかつ、鍾理和が客家の中でも閉鎖的で同族意識が強い南部客家であることが追い討ちをかけたのです。
このように、鍾理和の結婚の背景には幾重もの障害があり、覚悟の結婚だったと言えるでしょう。

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野間 信幸教授文学部 東洋思想文化学科

  • 専門:中国近現代文学、台湾文学
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