今日の授業では、哲学という学問が現在を生きる私たちにとってどのようなものなのかを考えます。そのための材料として、ダキアのボエティウスの『世界の永遠性について』というテクストを用いて、そこで語られている「哲学の学問的な性格」を明らかにしてみます。
ダキアのボエティウスとは、13世紀のフランス、パリ大学の学芸学部の教師です。キリスト教カトリック全盛時代だった当時、この世界には始まりも終わりもないのか、それともあるとき突然始まったのかというのが、哲学と宗教の代表的な論争点でした。
授業では『世界の永遠性について』の一部を学生が板書し、文法的にどう理解しているのかを提示しました。その上で、どのような読み方の可能性があるのかを洗い出しながら、全員で「ふさわしい理解の仕方」を確定していきました。その結果、ダキアのボエティウスは、「哲学と信仰は、棲み分けする形でそれぞれがあればいい」と述べていることがわかりました。
哲学とは何か。その答えは、計算式を解いて出てくるようなものではなく、一見説明のつかないものもありますが、それらを合理的に捉え、「人間の生」「生きる」の「全体」を説明しようとすることそのものなのではないでしょうか。

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辻内 宣博准教授文学部 哲学科

  • 専門:西洋哲学史、西洋中世哲学、スコラ哲学、ビュリダン、徳倫理学

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