軍記物語『太平記』には、後醍醐天皇の家臣である新田義貞の、金ヶ崎城での戦いの場面があります。そこには、「兵糧攻めに遭った武士たちが最初は魚を釣り海藻を食べてしのいでいたが、皇族が乗る大切な馬を殺して食し、ついには死んだ人間の肉まで食べた」と記されています。また、3月6日の戦いでは、飢えて衰弱した武士たちは到底戦える状態ではなかったとあります。しかし歴史的事実は、戦いはその1日のみではなく、3月2日から交戦、飢えて動けないとあった武士たちも交戦していました。
軍記物語は史実を踏まえて作られたものですが、なぜ文学にはこうした虚構の部分が必要なのでしょう。それは、歴史資料は勝者の記録がほとんどですが、物語の場合は敗者の気持ちにも触れることで、多角的に人の心を描くからです。物語を読み解き、さまざまな状況の人間について考えること、それが文学を学ぶことなのです。
授業では実際に太平記の絵巻物を見て、触れてみます。古典文学は読むことも大事ですが、現物を見ながら考えることも重要なのです。

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和田 琢磨准教授文学部 日本文学文化学科

  • 専門:日本文学

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